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毛利隆元の死と赤川元保

2010年08月01日 00:00

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/31(土) 19:41:34 ID:4qq2R40e
旧暦の八月四日は毛利隆元の命日だってね
そろそろ近づいてきたから隆元の死に関係した話を投下するよ

毛利家中に赤川元保という男がいる。
生年は伝わっていないが毛利元就が毛利家当主を継ぐ際に出した起請文に署名している事から、おそらく
元就と同世代かそれより上であろう。
長らく元就の直臣として仕えていた元保だったが、隆元が当主となった後は隆元付きとなった。
毛利家で五奉行制度が始まると、元保は五奉行筆頭となり隆元派として幅を利かせ、
他の重臣で元就派の桂氏や児玉氏と諍いを起こすまでに隆元に入れ込んでいた。
そんな家中きっての隆元派だった元保だが、主・隆元とは決していい関係ではなかったようで
隆元は書状で何度も元保について愚痴をこぼしている。曰く、「赤左(元保)は思案無き者で
傲慢な振る舞いが多い」と。
元保がこの隆元の愚痴に気付いていたかどうかは分からないが、この主従には微妙な温度差があったようだ。


さて、永禄六年(1563年)八月三日のこと。
出雲遠征に向かう途中、佐々部の地に滞在していた隆元のところに地元の城主、和智誠春から饗応の誘いがあった。
出立を控えた時期に饗応など…と元保は強く反対する。
しかし、日ごろから元保の言を疎ましく思っていた隆元は元保の意見を聞き入れる事はなかった。
予定通り和智氏の館で饗応を受け帰路についたその時、隆元が突然苦しみ出した。
傍にいた者達は慌てて医者を呼ぶが、介抱虚しく八月四日の早朝、隆元は息を引き取った。
この件を陣中で聞いた元就は元保に下関の防備を命じ、尼子攻めに加わる事を許さなかった。
元就は隆元は暗殺されていたと考えており、元保と和智誠春こそがその首謀者だと考えていたからだ。

時は流れて永禄十年(1567年)、長年の宿敵尼子氏を降伏させ一段落ついていた元就は四年越しに
隆元の死に関して動くこととなる。
まず三月三日、元保に隆元頓死の責任を取らせ切腹を命じた。
確たる証拠がなかったためか元保を自害させることには家中から反発はあったが、
元就は「向こうが警戒しているのだからこちらが先に動かねば家の大事になる」と言って取り合おうとはしなかった。
更に元保の養子・又五郎と元保の弟・元久の住居を襲撃し二人を討ち取った。
そして出雲遠征には従軍を許されていた和智誠春とその弟を問答無用で捕え、厳島神社傍に監禁。
二人は脱走して厳島神社に立てこもったため、元就は翌年、兵を向けて厳重に神社を囲った上で
この兄弟を討ち取った。
こうして元就による四年越しの復讐劇は終わる。

しかしこの後、元就は元保が隆元に対して和智氏からの誘いを断るよう強く反対していた事を知る。
自らの過ちを悟った元就は輝元と連名で元保の甥に詫びの書状を送ると共に、赤川家の再興を許したのだった。

なんか報われない赤川元保の話




265 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 06:40:47 ID:aZaI5eMB
>>258
毛利元就は厳島の合戦の後には厳島神社を掃除しただけなのに
和智氏を討ち取った後は社殿が穢れたとして建て直しを行っている
普通逆だろと思うが、金に余裕が出来たって事だな

266 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 07:58:21 ID:/5v+EQKb
>>265
厳島の戦いは外に流れついた死体の掃除と砂浜の清浄だけでよかったけど
>>258のは社殿の中で直接ドンパチやったので改修が必要だったんだ

毛利関係の小説でも元保犯人説は多いからやっぱり報われていない

267 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 13:31:25 ID:ib3TxPH6
どう控えめに見ても隆元の死にかこつけて
発言権を持ちすぎた奉行を葬った元就の方がえげつないだろうに、報われないよな>元保

268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 15:16:43 ID:JJHun3aT
でもまあやっぱり、日頃の行い、言動には気をつけないとな・・・。

269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 19:27:50 ID:X4vJUq1a
大河では隆元頓死の責任を取って自害という書き方になってたな。>赤川
しかし、対立した家臣を誅殺しておいて、その後継に
「お父ちゃん殺っちゃったの、あんまよくなかったね、ゴメン。」
って再興を許すのがお家芸のような気がする。
桂広澄、元澄親子に渡辺勝、通親子に。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    すっきりしない話だよね…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    和智の顔せんだみつおで再生余裕でした

  3. 人間七七四年 | URL | -

    鮭が・・・

  4. 人間七七四年 | URL | -

    赤川元保を処断する理由に無実と知っていて利用したんじゃないかな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    どちらにせよやっぱり気持ちの良い逸話ではないわな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    元就は出すぎた杭は打つ男だからなぁ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    何だか始めから終りまでスッキリしないお話でしたね・・・。
    もし本当に知らずに殺したのなら、元就にしてはずいぶんと間抜けな対応ですね?
    4年間何やってたんだ親父は?調べる時間位あったろうに・・・。
    と思える逸話でした。

  8. 人間七七四年 | URL | qbIq4rIg

    元就は別に杭を打った訳じゃないさ。
    韓非子なり君主論なり読むといいよ。

  9. 人間七七四年 | URL | YzOVvsF6

    卒業式の訓示で「正しいことほど控えめに発言しなさい」
    と言われたのを思い出した

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ↑良い事を言われましたね。それを具体的な例と言うとやっぱり三成かな?
    どんなに正しくても「ズバッ」と言われれば、相手も「何だと?」と思っちゃうよね?だからと言って、控えめ過ぎだと卑屈に映るし。

  11. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    赤川さんだけじゃなく井上さんの霊もなにか言いたそうな顔で枕元に立ちそうだ

  12. 人間七七四年 | URL | -

    呉の孫権にも同じような話があったな。あれは完全に孫権が悪いが

  13. 人間七七四年 | URL | -

    元就は単純に猜疑心が強すぎたんだと思う
    そうしなければ生き残れない事情があったからだけど

  14. 名無し | URL | -

    いや、単純に跡取りかつ、地味だが毛利の柱が頓死してしまったから、コロコロしなきゃおさまらなかっただけじゃね?

  15. 名無しさん | URL | -

    彼なりに忠義は尽くしてたかもしれんが、不用意にやったから信用されてない旨があるのを考えると、
    実際に諫めたかどうかなんてどうでもよかったかもしれん。

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