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結城弥平次の改宗

2010年08月05日 00:01

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:50:10 ID:2mnPCtjx
摂津国岡山を治める領主、結城山城守忠正。彼は松永久秀の配下として活動していた。
彼の甥に結城弥平次という男がおり、伯父の片腕として岡山の治世に大いに貢献して
いたという。

この弥平次、出身は美濃国であり、今も岐阜の町に母と3人の弟を残していた。
彼はたびたび「一緒に暮らそう」と母に手紙を送るのだが、母の返事と言えば息子を
罵り、嘲笑するような内容ばかり。
何故なら弥平次はキリシタンだったのである。

熱心な法華教徒であり、下の息子達3人すべてを僧侶とした母にとって、コトある毎
に「改宗しない?」「キリシタンって良いモンだよ?」と手紙を送ってくる長男は、
正直頭痛の種であった。
しかもこの長男弥平次、伯父であり主君でもある結城忠正をキリシタンに改宗させて
しまった前科がある。母としては気が抜けない相手でもあったのだ。

ところがある時、手紙ではなく弥平次本人が直々に岐阜までやってきた。
「母上、私もこのたび、嫁を取るコトになりました。今までは独身の気楽さ故、一人
でも不自由はありませんでしたが、嫁が出来、一家を構えるとなると、やはり母上に
姑として嫁を教育して頂かねば不安でなりません。どうか、一緒に暮らしては頂けな
いでしょうか?」
「……でも、お前の嫁といったら『アレ』なんだろう?」
「個人の信仰と家庭は別です!キリシタンと仏教徒の夫婦だっているのですから。ど
うか、姑として嫁を助けてやっては頂けぬでしょうか?」

母は息子への愛情に負けたのだろうか、暫く考えた末、摂津行きを承知した。
すると弥平次、3人の弟にも声をかける。

「仏法修行も良いが、目出度い結婚の祝いだ。お前達も出席してくれないか?ついで
に京の都にでも寄って、色々と珍しいモノでも見物して行くと良い」

こうして母と弟、計4人をつれた弥兵次は岐阜から摂津岡山へと帰還した。

「えっ、ちょっと弥平次!? ココはどこ!?」
「兄上、この者達は一体……」

「ここはキリシタン達の寺、教会です。母上達の当面の宿として用意いたしました。
この者達は当地のキリシタンで、是非、母上達の世話をしたいと買って出てくれたの
です。どうです、キリシタンとは親切でしょう!」

こうして教会に監禁され、キリシタン達に囲まれた状態で朝も夜もキリストの正しさ
と仏教の非を説かれ続けた4人は、弥兵次の結婚式までには立派なキリシタンとして
生まれ変わっていたと言う。

……教団の支部に連れ込まれ、信者に取り囲まれて説教。というのは僕も経験ありま
すが、マジ恐怖です。
日蓮系仏教はすべて滅びればいいのに(いや、そーゆーヤツばかりじゃないのは分か
ってますケドね?)……つかこの4人、法華宗かっ!どっちもどっちじゃねぇか!




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    カルトからカルトへ渡り歩く奴って、
    結構多いんだよ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    宗教怖いよ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    摂津の領主層にはそれなりにキリスト教が普及していたことは、考慮におく必要があるけどね。

  4. 人間七七四年 | URL | KAms/y7Q

    三好家傘下のキリシタン率は異常

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ・当時いちばんカッコイイ、最新のファッション的な流行。
    ・見下し偏見持ちな西洋人と付き合いやすい。
    ・既存の宗教団体どこにも加担しない、という姿勢を示すことで、支持団体以外からの圧力や敵視を避けられる。

    そんな理由

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