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龍造寺隆信の首の行方、異説

2010年08月14日 00:01

433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 21:58:08 ID:+of9BF9z
>>http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2265.html

クマーの首の行方ですが、実は異説もあります。

沖田畷の戦いに於いて討死にしたクマーこと、龍造寺隆信。
隆信の首は島津義久の元へと送られ、首実検にかけられる。

と、ココに肥前からの使者、葉治郎右衛門がやってくる。
島津家としても累代の仇敵というワケでもない。十分に礼を尽くして隆信の首を治郎
右衛門に引き渡す。

薩摩の重臣がズラリと並ぶ中、主君の首と対面した治郎右衛門、涙を流し、平伏して
言葉を搾り出す。

「重臣の皆様方があれホド止めたのに、話を聞かないからこーゆーコトになるのです。
敵に囲まれた状態で主君を失い、五ヶ国の上下男女がどれほど嘆き、怯え、辛い思い
をしているコトか……貴方様は大恩のある主君とは言え、今となっては五ヶ国の仇敵
であります。ですから貴方の首を肥前の地に入れるコトは出来ません!」

そう言うと、治郎右衛門、隆信の首を投げ捨ててしまう。
唖然としてそれを見ている島津家の面々。

「……とは言え、只投げ捨てられたままでは、あの世に行っても悔しくて仕方がない
でしょう。すぐにでもお世継ぎ政家公、鍋島飛騨守以下、五ヶ国の将兵を持って薩摩
を平らげ、この場に並んでいる方々の首は勿論、尼や法師の首まで撫で斬りにして御
供養とさせていただきます!」

そのまま義久の前を辞し、隆信の首は放り出したまま、治郎右衛門は佐賀へと帰って
しまったと言う。


前の逸話だと、首を送ってきた島津の使者に対して、首を突き返したという話になっ
ていますが、コチラはわざわざ薩摩まで乗り込んで行って首の引き取りを拒否しちゃ
ってます。(^^;
つか、首を受け取る受け取らないって使者じゃなくて、宣戦布告の使者じゃねぇのか、
コイツ。ww
なんで負けた側に挑発されなきゃいけねぇんだ。何となく腑に落ちない島津家の皆さ
んに取っての悪い話?




434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 22:19:39 ID:adbrIocv
島津家の皆さんに、「なにこのマジキチ。これが使者?肥前に手を出すのはやめよう・・・」
と思わせる作戦なんだよ

435 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 22:21:28 ID:0j54NlJ+
島津の人にマジキチ扱いされるとかどんだけだよw

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/13(金) 02:13:45 ID:M07rGRiR
悪魔に勝つには…悪魔のファイトしかねぇっ!!
って額に米って書いてある超人が言ってた

437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/13(金) 11:13:09 ID:WkAK6/R5
えっ!?「殺」じゃなくって?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    肝が据わってる~♪

    と、いうより、情勢も把握出来ず、直茂の考えも汲み取れず、平気で不躾な物言いをする、ただの無鉄砲なバカとしか思われない。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    この逸話の最後に島津の誰か(義久あたりが適任か)が
    「これだけ大敗してもまだあれだけの物言いができるだなんて剛胆だなぁ」と感想を言ったと付け加えればいい話になるし、
    「主君が首になってから諫言するなんてムシのいい話だな」と言ったと付け加えれば悪い話になる。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    勝敗はともかく度胸のいい話だと思うが

  4. 人間七七四年 | URL | -

    豪胆にしても外交のハードル上げといて
    結局はこの後に大友に攻められて
    島津に同盟を申し込むわけだから
    お後の悪い話だな
    秋月の仲介があったとは言え
    ハードルくぐりに来た使者は生温かい目で迎えられてそう

  5. 人間七七四年 | URL | -

    これは鍋島直茂の策略で、
    薩摩は龍造寺の対策の準備で月日を費やし、五か国の者は弔い合戦がまもなく行われるであろうと思って静かになった

    という続きがあります

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