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島左近の機略

2010年08月21日 00:00

島左近   
738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 20:08:08 ID:ZacCTqHj
「万騎ヶ原の戦い」の話に乗っかって「関ヶ原の戦い」の話を。

関ヶ原の時のこと、上方勢(西軍)は東軍が押し寄せてくるのを見て大いに動揺した。
左近は皆に、
「内府(家康)は関東にて上杉景勝と交戦中なので上って来られるはずはない。だから
敵は計略をもって夜には兵を出し、昼は押して入り、内府の着陣したように見せかけているだけだ」
と言って廻り兵を鎮めているところに、白旗がおびただしく翻ったので、いよいよ「内府が着陣した」と
動揺が広がった。

しかし左近は平然として、
「惣白の旗は金森法印である。では足軽どもを出して敵の形勢を窺ってみよう」
と、宇喜多秀家の兵とともに株瀬川(くいせがわ)の前に陣を置き、近くの薮の中に伏兵を設け、
軽兵に川を渡らせて中村一栄の陣に鉄炮を撃ちかけた。

一栄の兵がこれを見て左近勢に攻めかかり、競って押し寄せてきたため、
わざと支えきれないふりをして退却したところ、敵は図に乗り川を渡って攻め寄せてきた。

そして左近がかねて用意しておいた伏兵が両翼からこれを囲み、さんざんに敵を撃ち破ったため、
東軍は本多忠勝を出して兵を引き上げさせた。
この左近の働きによって陣中の動揺が静まったため、人は皆左近の働きを讃えたという。




739 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 20:40:07 ID:89mFZQrP
司馬関ヶ原の話だな
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