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長連龍の復讐

2010年08月21日 00:00

長連龍   
724 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 04:27:43 ID:YoNjKuoT
>>472にも出たけども、連龍メインの焼き直しとして……

能登畠山家重臣長氏に長連龍という者があった。
はじめは僧籍にあり、30歳くらいの時に戦の人手として還俗し、武将として働くようになる。

さて1577年に上杉軍は能登へ攻め入り、七尾城を陥落させた。
その際、畠山方死守派の長氏は連龍を使者に織田へ送ったが、内応派の温井氏や遊佐氏らにより、
連龍を除いて長氏一族はみな殺されるか叩き出されることになった。
連龍にしてみれば、応援の約束をこぎつけて戻ってみると、城すでに落ち一族ちりぢりのありさまである。

連龍は生き残った一族や旧臣、浪人らを集めて、一度はかつての居城を取り戻すも、再び追われた。
その後織田に属した神保氏を頼って体勢を整えるも、
謙信の死によって情勢がゆらいだことで温井氏・遊佐氏らは織田に降伏、信長は連龍に彼らを許すように命じた。
しかし連龍はこれに従わなかった。
信長は苛烈で知られ、そもそも恩のある相手だが、それでも服せぬほど復讐の念は強かった。

この後も何度か温井氏・遊佐氏らから信長へ降伏の申し出があり、
その度信長は許すよう命令したが連龍は常に不服の態度を示した。
そのうち一度は、信長は連龍から贈られた脇差を返している。「いい加減にしておけ」ということだろう。
しかしなお連龍は服さず、攻撃を続け、土地を切り取り、主導権をかけた決戦で勝ち続けた。

やがて、とうとう温井氏・遊佐氏は信長に、七尾城を明け渡して降伏したいと申し出た。
温井氏・遊佐氏らは一旦上杉方へ寝返ったものの、上杉家臣で七尾城へ派遣された鯵坂なる者を追い出して
七尾城を奪回し、かつての合議制を取り戻していたが、それを手放し預けるので助けて欲しいというわけである。
これに対し信長は、申し出を受け容れ、すぐさま城代を送り、さらに連龍に対しては
「これまでの戦功は認めて鹿島半群をあげよう。城は福水がよいだろう」
と知行を出しアドバイスまでするという具体的な行動を初めて起こした。
これまでの「自重しる」「だが断る」では済まない。
さすがに連龍もこの時ばかりは従い、その通りにした。
七尾城代が派遣されると、温井氏は退去、遊佐氏は逐電した。

しかしやはりそれで終わることはなく、連龍はその年のうちに遊佐氏一族を見つけ出し皆殺しにした。
温井氏はこれに危機感をおぼえ越後へ亡命するも、本能寺後の時分に背く動きを見せたとして、
連龍および佐久間盛政を先陣とした前田利家軍に攻められ、敗死した。
この間に、連龍は他にも、同じく父の仇である三宅氏や八代氏も討っている。
温井氏反乱討伐事件は1582年のことで、実に5年間に渡る徹底した仇討ちはようやく終結した。

連龍はこの後からは、前田利家の部下として大小の戦を果敢に戦い、
ついには前田家老八家のうち一家として三万三千石を拝するようになるが、それはまた別の話。

725 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 04:29:04 ID:YoNjKuoT
復讐劇としては血生臭すぎて悪い話に投下しようかとも思いましたが、
>>472の参照が楽そうなのでこちらに。

余談ですが、連龍は魚津攻めにも従軍しており、その際には長景連という者を討っています。
氏姓のとおり連龍の貴重な親族で、越後へ亡命していたもののようです。
恐らく連龍の織田への忠誠心を試すためにそのように担当させられたものと思いますが、
当の連龍の心中が定かでないとはいえ、彼自身の手で貴重な親族を一人葬ったことは事実で、
ヒロイックな要素だと思います。

まあ、忠誠心を疑われて与えられた軍備を没収されるというリスクを回避する意味でも、
連龍が渋ってもどうせ他の織田方が攻めこんで景連の首を取っちゃうだろうからという意味でも、
他に選択肢は無いのでしょうがないといえばしょうがないですが。

以上、長文お疲れ様でした。




728 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 10:58:37 ID:D0NOOOKb
>>724
スレチ覚悟で言うが、そこまでやった人物なのに、野望では能力値低めよね。

731 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 15:48:21 ID:sSkb6E9k
>>724
かなりの能力や気概があるのに、ノブヤボではほとんど無名だけど


732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 16:29:25 ID:Hb+JP50y
信長にこれだけ気を遣わせるってことは中々の人物だったみたいだね。
使えない人間だとすぐ追放or処分だろうからね。

733 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 16:49:45 ID:CvpODJTI
信長さんは「家族の仇!」とかでがんばっちゃう人には甘いんじゃないか

734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 17:00:36 ID:18D4hvC/
アレ?最初は能登一国やると言われてたのに、反故にされて利家付になって(´・ω・`)ショボーンって話もなかったっけ?w

735 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/20(金) 17:24:47 ID:YoNjKuoT
>>728,731
能力に対してはあえて言いませんが、
義理はもっと高くしてあげて欲しいと思います

>>732,733
信長が気を使っていたというよりは、
もともとの信長の望みは能登を織田の旗の下に入れることで、
当時はまだ加賀が収まっていない状態だったため
能登への進入が難しかったところを、
軍備さえ与えて放っておけば連龍が勝手に能登内の上杉の勢力をどんどん駆逐してくれるので、
それもいいかなと放っておいただけ。でもそれだと示しがつかないので、
自重を求める命令だけは強硬に・・・みたいな感じだったと俺は思っています

>>734
それは初耳
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    一族皆殺しにされれば、そりゃ怨みが引く訳無いよね。
    こちらの逸話の方がより詳しく載って居て興味深かったです。
    うp主さんには感謝ですね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    中学の同級生に長さん、
    高校の同級生に遊佐さんが
    いたのだが因縁の関係なんだな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ノブは一時、長連龍に能登半国知行(前田利家と共同統治)を約束してるよね
    おそらく、北陸討伐戦の最初期は「能登一国切り取り次第、あるいは能登一国やるよ」的な「ニンジン」はぶら下げられてたんじゃないかな
    その後に前言を翻されて利家の与力として麾下に入るようノブに命令され、能登一国は前田利家が旗頭として治める事になった
    本能寺の変以降の混乱の中、前田家の与力→前田家の重臣 と立場を変遷していったんだろうな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>724
    遊佐氏は流れ流れて、宮城(伊達家)行き、
    ttp://www.yusaya.co.jp/yusa.htm


  5. 人間七七四年 | URL | LmMdU2V.

    鳴子温泉うなぎ湯のゆさやってガチ末裔だったのか!!

  6. 人間七七四年 | URL | -

    長景連は一族と言っても、
    家中の争いに敗れて越後国へ亡命した一族だよ。
    黒瀧城(謙信の兄を殺した黒田秀忠の居城)周辺に土地を与えられたので、
    黒瀧長氏を名乗ってるよ。

    景連から見れば連龍は仇敵の子孫であり、
    お互い恨みしかなかったんでは?

  7. 名無しさん(笑)@nw2 | URL | -

    >>3
    >能登半国知行(前田利家と共同統治)
    >利家の与力

    別に矛盾してないじゃん。
    賎ヶ岳での利家でわかると思うが、与力ってのは純粋な部下じゃないぜ?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    出家から戻ってきてこれだからな。
    凄まじい。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ちょっと前にある土地を調べてたら、この末裔が出てきてちょっとびっくりした。
    偶然とはいえ、意外なところでつながるもんだな

  10. 人間七七四年 | URL | -

    米8さんを見てハッとした
    そいや僧籍から還俗して武将になった人て
    妙にパワフルというかアグレッシブな人多いねえ
    仏道修行の反動かしや?

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >10
    足利義昭なんか結果はどうあれ、曲がりなりにも信長包囲網なんてのを作り上げたりしたしな
    ただ、行動力以外の情勢判断とかが致命的だったけど

  12. 人間七七四年 | URL | -

    中学高校の同級生に長氏の嫡流がいたけど、未だに「長○連」を維持してたよ。連龍も元の名は好連だよね。
    うちらが中学進学したときはちょうど群雄伝風雲録の頃で、「長続連使えねぇよ!」と長さんいじるのが定番だった。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    その長さんが苦笑しながらコメ主たちと一緒に遊んでいる光景が目に浮かぶw

    ふと思ったが、織田氏の子孫なんかもだけど、過去に色々と血生臭い逸話を残した人の子孫ってのは、その当時の事をどう捉えているんだろうなぁ
    もちろん自分は自分、過去の人の事績とは切り離しているんだろうけれど、それなりに複雑な心境なのやもとは想像する

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