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酒井忠利の意見

2010年09月08日 00:00

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/06(月) 22:24:13 ID:XYp+MMHG
大坂の陣の時、酒井忠利は主の徳川家康に付いていく事を強く望んでいた。
しかし家康に「お前が残っているからこそ安心して行ける」と諭されて
関東の守りについた。

やがて戦が終わり、論功行賞が行われようとした。その時、忠利が意見した。
「戦場のお供は誰であってもしたいものです。私もお供したかったのですが
命により江戸に残りました。

こたびは我々が留守を堅固に守ったからこそ、案ずる事なく大坂へお出かけになれた
のです。留守の者たちの心がけが不十分であれば勝利はありえなかったでしょう。

ですから留守の者たちから論功をされるべきです。そうしなければ今後留守を
任された者たちは心がけを固くする意志を失ってしまいます。」
この忠利の意見は受け容れられ、留守の者たちから論功が始まったという。






900 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/06(月) 22:36:11 ID:E4dxct2B
井伊直政は、全身傷だらけというけど、武将の鎧は丈夫で、刀や槍で全身を傷つけるのは無理じゃないの?


902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/06(月) 22:42:30 ID:aBiZOT4l
これは素直にいい話だな
この時の忠利はきっとそうしないと気が済まなかったというだけだと思うけど、
人間基本と発展があったら慣れるうちに発展にばかり目がいくようになるからな

衣食足りて礼節を知るのとおり、服もメシもなきゃお行儀もなにもない
そして本拠地の守りは服やメシ

903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/06(月) 22:51:20 ID:TKPNB/mP
七将「留守の者の心がけが不十分だと出兵しても負けるもんな」

910 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/09/07(火) 16:20:37 ID:AvDFNO/d

>今後留守を 任された者たちは心がけを固くする意志を失ってしまいます
今後が皆無だったのが悔しいところw
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コメント

  1. | |

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  2. 人間七七四年 | URL | -

    >>910
    島原があるじゃないか。

    知恵伊豆、出兵、
    会津保科、待機、の。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    これは良いお話ですね。後ろがシッカリしてるから目の前に集中出来る。

    後方支援を軽んじると、日本軍の様になります・・・。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>3
    いやいや、日本軍も他国と同じ、火力重視、補給優先だったんですよ。ただ実際の兵站需要が輸送能力を大きく上回ってしまったわけで…
    豊臣五奉行がいたらよかったのに、なんて話もw

  5. 人間七七四年 | URL | -

    家康はかつて、留守番を軽く見たために長男に謀反されたわけで、
    その長男を見捨てたと冷遇された酒井さんだから言えたんだろうな。

    同じ過ちを繰り返すなと。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    島津家の太守様が忠利さんの言葉に深く頷いています。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    いやいや、島津の太守様は自分がでなければ
    いけない戦いには、ちゃんと出ていますけれど。

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