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尾藤知宣追放顛末

2010年10月05日 00:00

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 17:55:52 ID:8o1Rz01M
豊臣秀吉の九州征伐の、最後の主力決戦となった
天正15年4月16~17日にかけて行われた日向根白坂の戦。

さて、この戦いに、日向方面の大将である豊臣秀長は出陣しなかった。
この事が秀吉の耳に入ると彼は弟への憤りを隠さなかった

「大納言(秀長)はどうしてそんな油断をしたのだ!?
幸いに薩摩勢の方から出てきたのだ、秀長の陣地は特に念入りに普請し
防衛力に問題はなかった。ならば軍勢の一部を陣地に置いて、秀長の手廻りの人数を始めとして
密かにひたひたと敵に取り付けば、薩摩勢を一人もとり逃すことなく殲滅できたはずだ!
この油断、沙汰の限りである!

薩摩軍に襲撃された宮部継潤の近くに陣取っていたものは誰か、その様子など絵図面に取って早々に持って来い!」

すると、尾藤知宣が宮部の陣の近くに陣取っていたことが解った。
秀吉は尾藤の元に、森(毛利)勘八を叱責の使者として送った


森勘八は聞く
「秀吉公は『甚右衛門(尾藤知宣)はどうして薩摩勢に攻撃しなかったのか、さては裏切ったか!』と
ご立腹になっております」

これに尾藤
「その事でありましたら、私はあの時秀長様に『幸いにも薩摩勢が出てきました、一人残らず
討ち果たせるでしょう!彼らを破った勢いのまま直に薩摩に入ることも可能です。
秀吉公から激賞を頂けるのも、眼前のことでございます!』
これには黒田官兵衛・長政親子も賛同し、共に秀長様に申し上げました。

しかし秀長様は
『それぞれの持ち口の陣中を堅固に固めよ。
薩摩の戦術は表より裏に人数を多く控えさせているものだと聞いている。
今襲撃に出ている薩摩勢に対し人数を出すことは、まったく無用である。』

このように言われた上は私にはどうしようもなく、そのまま陣にとどまったのです。」
そう証言した。

さて、秀吉の使者である森勘八はこの後豊臣秀長の元に行き、尾藤の証言内容を確認しようとした。
秀長は尾藤の証言内容を聞くと、ふと
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4695.html
で、尾藤が自分に放った悪口を思い出した。そして

「甚右衛門はそんな事はまったく言っていない!黒田官兵衛は確かにそう言ったが、
薩摩勢が山の裏に人数を控えさせているという情報が入ったため、大事をとって動かなかったのだ!」

そう、森勘八に申し聞かせた。

この双方の証言を聞いた秀吉は、やはり兄弟であるためだろうか、秀長の言うことを全面的に信じ
尾藤知宣を追放処分とした。

黒田官兵衛には、秀長の証言より問題はないということで、何の処分も下されなかった。



尾藤知宣追放にまつわる逸話である。




472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 18:45:31 ID:/sG/3cGv
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3487.html

二枚舌すぎるだろ、尾藤知宣……

473 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 18:58:37 ID:Jsc5Z0wd
これ見ると逆恨みで秀長の悪い話に仕立て上げたんじゃないかという想像すら出来るなぁ

474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 19:08:08 ID:a4yrJLZY
>>472
>>473

>>471は川角太閤記にある話なので、事実かどうかはともかく尾藤の追放に関してそういう話が
当時言われていたのは確かでしょうね。

475 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 19:51:31 ID:DZ2skrXP
秀長さんは直臣の高虎が手柄あげてたしねー。

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 23:17:40 ID:SAordeq+
>>475
二股膏薬と400年後大歴史小説家SIBAに罵倒される私ですが、この時代は忠義者だったんですよ。
だって秀長様と私はあーっの間柄だったんです。

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 23:27:34 ID:1bUqGJ47
最近、秀長さん評判悪いなw

480 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/04(月) 23:48:21 ID:QR7Q7wFZ
>>471
ラスボス「この一件だけが原因ではないぞ
かつて長久手で軍監やらした時に
援軍を待たずに強硬策を採決した挙げ句に
優秀な武将2名を見捨てて逃げた
尾藤知宣を許せると思うか?
豊臣幕府に無くてはならなかった彼らを死なした罪は重い!」


481 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/10/05(火) 00:35:41 ID:i1vxcE3V
>>480
作戦立案、あんたですやん…
忍城水攻めといい、なんだかなぁ。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ビトーそんなに悪くないよな。
    ビトーの発言をそのまま伝えても、
    秀長以下、誰ひとり叱責される筋合いはない。

    これは秀長が悪い話。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ラスボスからすれば秀長を処分する訳にはいかないからスケープゴートにされたのかもな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    長久手で軍監してた時に厄介者の池田と鬼武蔵を自滅に追い込み見捨てた奴だよな
    秀吉にとっては厄介な裏事情を知っていた人物だったのでは?

  4.   | URL | -

    川角太閤記ってのは豊臣政権の関係者に対して辛辣な内容なのかな?
    江戸初期に書かれたんなら当然だろうけど

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >優秀な武将2名を見捨てて逃げた尾藤知宣を許せると思うか?
    >豊臣幕府に無くてはならなかった彼らを死なした罪は重い!

    幕府に無くてはならない・・・だと?
    池田さんはともかく、森さんはどうだろう?www

  6. 人間七七四年 | URL | -

    森さんは対唐入り兵器

  7. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵と愉快な仲間たちだけで唐の都まで行けますね。
    大陸という壮大な大地に行くことでヒャッハーが真・ヒャッハーに目覚めるんですよね。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    根白坂の戦いは尾藤が仙石の二の舞を避けるばかりに慎重論に倒しすぎた話だと思っていたが、こういうパタンの逸話もあるんね。

  9. 人間七七四年 | URL | LmMdU2V.

    ※7
    で、鬼武蔵が皇帝に即位、国号を「森(しん)」に改め……あれ?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    最終的には尾藤さんは改易の上
    処刑(切腹ではなく処刑)されちゃうわけで…

    どうしてもラスボスが排除したかったんだろうという
    穿った見方をしてしまう

  11. 人間七七四年 | URL | -

    神子田や尾藤がどんな感じの武将だったかイマイチイメージがつかめん……軍監とかやってんだからそこそこ有狽セったハズなんだけどなぁ……。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    神子田や尾藤がどんな感じの武将だったかイマイチイメージがつかめん……軍監とかやってんだからそこそこ有狽セったハズなんだけどなぁ……。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    実際擦り付けたのかなぁ……、それそれはそれで違うような気もするし。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    根白坂は実際には出撃停止命令を無視して藤堂隊が無断出撃してるんで秀長の発案だった可能性は低い。
    軍監の指示で秀長と宇喜多秀家が動けない(重鎮が軍監を無視すると軍律が乱れるので)中で家臣である藤堂高虎と戸川達安が意を組んで無断出撃した可能性が高い。
    もちろん本当に罠だった場合はこの二人は切腹なのを覚悟の上での行動だったと思われる。

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