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『多賀谷七代記』より、菅谷さん

2010年11月09日 00:01

457 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 00:19:55 ID:FY0qh4Ex

常陸国を巡って、佐竹と小田で覇権争いをしていた頃の事。
佐竹義宣は小田氏治の息の根を止める為に、小田家の家臣に調略の手を伸ばし、
内応の約束を得る。

彼は祖父の代に氏治の祖父に取り立てられ、今や近隣に知らぬ者のない、小田家の
重臣として名を馳せていた。
彼の名を菅谷左衛門尉と言う。

佐竹家に通じた菅谷は、土浦城主・信太氏に謀反の気配があると小田氏治に讒言。
それを信じた氏治の許可を得て、信太氏(名前は書いてません。範宗か?)を宴会
に呼び出して暗殺。土浦城を自分が乗っ取ってしまう。

その後も着々と小田家の切り崩しを進める菅谷は、「佐竹の攻撃が激しいから」と
言って氏治の身柄を自分の土浦城に引き取り、片野三楽斎(太田三楽斎)&梶原政
景を初め、真壁や北条と言った小田家臣を氏治から遠ざけた。
これにより、小田家の主だった家臣はすべて氏治から離れ、佐竹家に従うようにな
ってしまったのである。

「頃合は良し」
小田家中の詳細な報告を菅谷から受け取った佐竹義宣は、氏治が籠もる土浦城に二
千の兵を率いて押し寄せる。
重臣達は去り、唯一残った菅谷左衛門尉も敵に内通している。これでは氏治に勝ち
目はない。
一揉みに押し潰され、小田家は滅亡してしまった。

小田家滅亡の後、菅谷は佐竹義宣に仕え、以前と変わらず土浦城を領していた。
しかし、菅谷の智謀と、主家を裏切った性根を警戒した義宣は、菅谷に加増を与え
ず、やがて菅谷は佐竹から徳川へと寝返る事になる。


『多賀谷七代記』より菅谷正光となっていますが、菅えもんこと菅谷政貞さんの事
だと思われ。

どうしてこうなった!?


『七代記』の小田家関連の記載には、「『天庵記』の記述と違う」「『小田記』に
はこう書いてある」という注釈がやたら大量についてます。
挙句の果てに「この本は多賀谷氏について書いた本。小田氏の事は『小田記』を読
めばいいじゃない!」と逆ギレ気味の注釈。

じゃぁ初めから小田の事は書くなや!

記述の内容よりも、注釈に突っ込みたくなったのは初めてだよ……www





458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 00:37:03 ID:xrZf+405
小田に限らず、関東の軍記物って
なぜか戦国時代の話なのに佐竹義宣が活躍してる話が多いよね。
最初に書いた人が義重と間違えて、それを孫引きして軍記書いてるからそうなったんだろうけど。

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 00:41:45 ID:x5zuj3/G
>>457
>常陸国を巡って、佐竹と小田で覇権争いをしていた頃の事。


ダウト!!!

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 00:48:51 ID:HTQlx/sJ
関東の軍記物は後世の人間が
自分の家の寝返り戦略を正当化するのに必死だからな

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 07:22:17 ID:oB4MJDt2
軍記物の性だろ >正当化に必死

関東の場合は子引用孫引用を経てどんどん形を変えまくってるのがものすごく顕著だけどな。

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 12:20:10 ID:ibln7Uv4
軍記モノで小田にかかわりがあるといったら関東の孔明と言われた栗原義長か
いったいこの時代に何人のいま孔明がいたんだろうな

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 13:59:33 ID:310y7ftS
何人居ようが本物はただ一人
一度立てば軍神をも蹴散らす臥竜とはこの小田氏治のことである

と東関東の方より投書がありました

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 14:38:51 ID:Qup+r9qV
たしかに居城の小田城付近の水辺で臥していたかもしれませんね

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 15:10:38 ID:04fiwgG4
伏せっぱなしや

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 15:20:17 ID:ctJ8EKtu
三楽斎「なんか伏せて寝てる奴が居たので鎖で縛っときました^^」

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 15:24:25 ID:dc9qC969
悪久「足の腱を切っておくと、良きしんがりになり申す」

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 17:54:28 ID:kXij/fd1
天庵様の人気に嫉妬

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 20:19:49 ID:P9pZT7Sq
>>463
>この小田氏治のことである
匿名を装っているのに堂々と名乗りを上げてしまうとはさすが氏治様w

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/08(月) 21:33:13 ID:qXNq1CEf
>>458
真壁久幹の手柄もほとんど氏幹に持っていかれてるというね。
鬼真壁自体久幹だとか。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >常陸国を巡って、佐竹と小田で覇権争いをしていた頃の事。
    1行目で「えっ」となって、
    >佐竹義宣は小田氏治の息の根を止める為に
    わずか1行でひっくり返ってるのに吹いたww

  2. 人間七七四年 | URL | -

    今の時代もあんま変わってないと、最近は思う。

    今、ある武家を調べてるのだが、対立した他家と協力した他家の史料と合わせて調べてみると、その武家のお膝元の本(〇〇市史とか地元史家の研究誌とか)に書かれてない、現代の感覚ではあまり印象の良くない新事実が幾つか出てきてる。

    気持ちはわからんでもないけど、史実隠してまで地元マンセーしなくても良かろうにと思うがなぁ・・・。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    津山松平や盛岡南部への地元のマンセーっぷりは異常。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    地元史マンセーは、観光資源の価値向上という意味があるからなあ。
    明日のおまんまが掛かってるとなれば必死にもなるよ。気持ちの問題ばかりじゃない。

  5.   | URL | -

    関東は裏切りと内乱が多すぎる
    自分達で火種を作って、もみ消しに必死になってる印象

  6. 人間七七四年 | URL | -

    その洞中の火種と内乱に介入していくことで勢力の拡大に成功したのが後北条氏。

  7. ※2 | URL | -

    >4
    なるほどねぇ・・・
    でも隠してるだけじゃなく、捏造と思しき記述までしてるのはどう思う?

    戦いの切っ掛け作ったのがその武家なのに、敵対してた側の武将が切っ掛けのような書き方してたり、勝手に敵地に侵入したから殺害されたのに、何故か自領に敵の刺客が入り込んで殺したような書き方に変わってたりするんだよね。
    史家でもなんでもないオレでもわかることを、史家がわからなかったとは思えないし、更に他の正しい記述には出典を書いてるのに、捏造部分はそれと同じ出典先としか考えられないのに出典を書いてないという・・・どうにも確信犯としか思えない。

    敵対した側にも地元史家はいるんだから、そっちを汚してまで 捏造して地元マンセーに必死になるのは人として、また研究者として如何なものかと。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    この話だと、小田家が調略無しでは落とせない強豪に見えて困るw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    家柄も良く領民との縁も深い。
    本人も将軍家の血筋となれば・・・。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ地元がマンセーしないで何処がするんだ、とも言える
    しかし顕彰会本とか読むと、褒めっぱなしなのが多くてむずがゆいw

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >>8
    天庵様「俺に率いられた軍は滅法弱え。だがな、この天庵に率いられて生き残った奴らァ滅法強え。そのことをわかって調略でも戦でもしてくんな」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    >>※11
    蒼天航路読むたびに劉備が天庵様に見えるようなコメはやめてくれwww

  13. 人間七七四年 | URL | -

    捏造とかいなかったことにされてる人も。
    某上田に縁の兄貴とか。

  14. 三 | URL | -

    町史レベルの話だけど、
    うちには家系図が残っていて色々記載がある。
    近隣の有力者にも家系図が残っているがお互い記載に矛盾がある。
    ところが近隣の有力者は家系図を捏造したっていう史料がでてきたんだなこれが。ところが町史はそのまま史実として記載された。

    江戸時代、家系図の偽造を専門に請け負う業者がいて造り話もいろいろ。そんなものを参考資料に歴史書を作ったものだから色々と変な記述になるわけよ。

    うちの家系図は偽造の証拠はないが、本物とは思っていない。
    ただ自分の歴史好きの原点であるので大切にしてる。

  15. 地元民 | URL | -

    う〰ん

    菅谷氏は小田氏を裏切ったりはしていない。佐竹氏の南下に対抗して戦うことのできた唯一の小田家臣だと思う。政貞も父・勝貞に劣らず、知勇を盛って抵抗していたはず。資料の正当性が疑わしい。後の旗本取立ても政貞の忠義を聞き及んでのことと聞いている。
    地元では古老に語り継がれる歴史話の人気の話であった。もう語れる人も少ない。
    左衛門尉はスーパーヒーロー並だったなあ。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    敵側目線の話にツッコミを入れるのも無粋とは思うけど、
    菅谷政貞が裏切り者だとしたら、彼の子の範政が小田家に忠誠するのは変な気がする。
    範政の代にはもう天庵は落ちに落ちてるんだから、
    頼って来たのを捕まえて佐竹義宣に引き渡しちゃえば、それなりの手柄になったはず

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    そもそもネガティブな事件だからって、それが史実とは限らんでしょう
    敵対勢力を必要以上に貶めるためのネガキャンって事もある。

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