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上原能登守輝幸・中務父子顛末

2010年11月14日 00:00

560 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 01:27:12 ID:anahTt+O

上州吾妻郡に、海野能登守輝幸という者がいた。
羽尾幸全という者の弟で、真田家の一門に連なる出身である。

この輝幸、新当流の名人であり、百人力と言われる大剛の持ち主だった。
自分の武勇を鼻にかけた彼は、武田・北条・上杉の間で難しい一族の難しい立場を
省みる事もなく、遂には上州を出奔。兵法修行と称して各地の戦に参加して、その
全てで手柄を立てていたと言う。

輝幸はやがて、上原姓を名乗るようになり、上原能登守と名を変えて武田家に仕官
する。信玄&勝頼に仕え、大いに名を上げたが、七十歳を超えた頃、武田家を辞去
して上州に帰ってきたと言う。

その当時、吾妻郡岩櫃城には上杉氏家臣・斉藤摂津守が城代として入っていた。
摂津守は輝幸の武勇を知ると客将として遇し、城の裏手に屋敷を与えて住まわせた。


さて、そんなこんなで故郷での生活を始めた輝幸老人なのだが、その年の大晦日、
日頃から可愛がっていた女児が急死するという不運に見舞われる。

悲しみの中、家中の者は女児の遺体を寺に運ぼうとするのだが、それを阻もうとす
るのは摂津守の配下。
曰く、
「目出度い気分で新年を迎えようって皆で準備をしてるのに、死体なんて不吉なん
だよ! 絶対にこの門松の間を通す訳にはいかねぇな!」

門番の口上を聞いた輝幸は逆上。
「それを聞いてハイソーデスカと帰って来たんか!? もう良い、俺が行く!」
女児の遺体を懐に入れ、今度は自ら城門へと走り出した。

「この門松があるから、この子を寺に連れて行けねぇんだ。だったらやる事ぁ簡単
だ! ぶっ壊してやる!!」

門番達が恐れ、手を出せぬ程の剣幕で、目出度い正月飾りを散々に打ち壊した上で、
悠々と寺に遺体を置いて来た。


しかし、それでも輝幸の怒りは収まらない。
元旦の挨拶はサボり、二日になってから漸く斉藤摂津守の下に挨拶に出てくる。
「この間、珍しい刀を手に入れましてな。摂津守殿にもご覧に入れようと、本日は
お持ちいたしました」
と言うと腰の刀を抜き放ち、摂津守の頬に刀身を押し当てる。

一同仰天し、慌て騒ぐ所を、摂津守は何とか気を鎮め、
「お、おぉぅ、これは大した業物ですな。ほら、お前たちも見せていただけ。ワシ
はちょっと奥の様子を見てくる。肴が出てくるのが遅すぎるからな」
そう言って座を退出すると、家臣達を抜き身の刀を持った物騒な老人の前に置き去
りにしたまま、一人で秘かに越後に逃げ帰ってしまった。


上杉家が吾妻郡を支配し、斉藤氏を派遣していたのは謙信の時代で、次の沼田の話
とも合わせて時代がどうしても合いません。
武田家なら小山田の配下に上原能登守が居たのですが、この二人を同一視した為に
辻褄が合わなくなってしまったのでしょうか?
斉藤氏が吾妻郡に居たのと真田氏が沼田城を領有するようになったのとでは、十年
以上離れている筈です。


561 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/13(土) 01:29:23 ID:anahTt+O

領主が逐電し、空白地帯となってしまった吾妻郡。輝幸は自らの領土として周辺の
土豪に激を飛ばすのだが、普段の言動のせいで、殆どの者はそっぽを向いてしまう。
仕方なく、その当時勢力を伸ばしていた真田昌幸に助けを求め、その後援の元で岩
櫃城の城主となった。

その後、真田が沼田城を領有すると、輝幸は沼田城代に取り立てられたのだが、こ
こで再び、DQNの血が騒ぎ出す。
「昌幸殿、吾妻郡は元々私が一人で斉藤を追い出して手に入れた土地だ。私に返し
ていただけぬだろうか?」

だが、今度ばかりは相手が悪い。
真田昌幸は表面上は、
「そりゃ勿論です。何せ真田家の上州支配は貴殿がおらねば立ち行かぬのですから
な!」
と輝幸の要求を全面的に呑み、裏では矢沢頼綱と謀議を重ねていた。
前々から、頼綱も昌幸も、輝幸では上杉・北条が攻めてきた時に内部崩壊を起こす
可能性が高い、と踏んでいたのである。

「北条が沼田城に攻め寄せるようだ。援軍をやるから、よろしく」
との口上と共に、昌幸の弟・信尹が沼田にやって来たのは秋も深まる十月二十二日。

「北条が来るなんて聞いてませんよ? 怪しくないですか?」
この頃にはすっかり驕り高ぶっていた輝幸に部下が進言をすると、
「別に何てこたぁねぇだろ。あいつ等にそんな度胸ねぇよ。そんなに心配ならお前、
信尹の所に行って問い詰めて来いよ」
だが、この部下はいつまで経っても帰って来ない。続いて様子を見に行かせた者も
やはり帰って来なかった。

その時分になると、城の中が慌しく、まるで戦の前のような雰囲気になっているの
が輝幸の所にまで伝わってくる。
「前の二人は殺されたようだな。お前は十分に警戒して、もう一度だけ様子を見て
きてくれ」
三人目の安中勘解由もやはり、本丸を固めていた真田兵に襲撃されたのだが、用心
していた分だけ命拾いし、そのままどこかへと逃げ去ったという。

逃げ帰った安中の従者から話を聞いた輝幸は、またも激昂する。
「オレは謀反なんて起こす気はない! オレが何をしたってんだ! 吾妻郡がオレの
物だってのは当たり前だろ!? オレは当たり前の事しか要求してねぇ!! きっと
誰かがオレを妬んで昌幸の奴に讒言したに違いねぇんだ!!」
……おいおい、こんなんでよく信玄に仕えていられたな。


562 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/13(土) 01:30:53 ID:anahTt+O

どうも輝幸、驕り高ぶってはいたが、自分の行動が100%理に叶い、正義に基づ
いた物だと思っていたらしい。
この期に及んで「加葉山に参り、そこで申し開きをすれば昌幸も判ってくれる。そ
れでも駄目なようだったら、腹を切ろう」と言い始める。

輝幸の嫡子・中務の妻は矢沢頼綱の娘だった事から、妻子は沼田に残したまま、包
囲を脱出しようと試みる。
「真田家に人多しと言えども、オレの相手になるのは殆どいない!。木ノ内八右衛
門辺りを連れて来たならともかく、お前等如きじゃ無駄死にが良い所だ!」
完全に開き直った輝幸。ぐるりと取り囲む真田兵に啖呵を切ると、中務と共に切り
込んで行く。

老いたりとは言え、流石に諸国に名を馳せた上原能登守である。
自ら啖呵を吐いた通り、取り囲む真田兵を誰一人として寄せ付けず、包囲の一角を
切り崩して沼田城外へと逃げ延びて行った。

「こんにちわ、木ノ内八右衛門Deth」
「げぇっ! 八右衛門!!」
だが、流石に真田の包囲網。それだけでは終わらない。
城外へと切り抜けた輝幸親子を待ち受けていたのは、真田信尹の副官であり、今回
の暗殺の検分役・田口又左衛門と、輝幸自身が「こいつならオレに勝てる可能性が
ある」と言った勇者・木ノ内八右衛門だった。

観念した輝幸は馬を降りて八右衛門と一騎打ち、中務と彼等に従う者達は、田口が
率いていた兵と切り結ぶ。
八右衛門が二尺八寸の太刀、輝幸は茶磨破と号した備前長光の三尺三寸の太刀を用
いて打ち交わす。

……で、この七十過ぎの爺さん、勝っちゃうのである。真田家一の勇者に。
いや、この流れは「八右衛門のモンスター退治」じゃねぇのか、空気読めよ。と言
いたくなる展開だ。
中務も田口又左衛門を討ち果たし、追っ手の真田軍は壊滅。
田口の死体に腰掛けた父と息子は、改めて今後の事を話し合う。

「田口は真田の重臣だからなぁ。こいつを殺っちゃったんじゃ、申し開きは出来ね
ぇよなぁ……」
「ですが、我等に非はありませぬ!」
「それ、昌幸に言って通じると思う?」
「そ、それは……」
「こうなったんじゃ仕方ねぇ。死ぬか」

上原能登守輝幸&上原中務父子、刺し違えて自殺。
この報せを聞いて真田昌幸は大いに喜んだという。


まぁ、自分の配下に制御不能のモンスターがいるのは嫌だよね。
真田みたいに綱渡りを繰り返すしかない小大名なら特に。
とりあえず岩櫃城から斉藤を追い出し、真田に従属。その後、用済みとして昌幸さ
んの手で処分されたというのが史実のようです。
諸国を巡るだの、上原と名を変えて武田に仕官だの、沼田城を任されるだの、と言
った辺りは完全に年代が合いませんから、『逸話』としてならともかく『歴史』と
してはスルーなさるのが良いかと思われ。
あ、ここまでの一連の逸話は『羽尾記』からの出典です。




563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 03:05:41 ID:tXlQBak6
長文読み終わったら全否定されたでござる

564 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 05:41:27 ID:JV9iNVJy
この人って、真田十勇士の「海野六郎」のモデルかな?
この逸話が元々知られていて、それを踏まえて真田十勇士に採用されたんだとすると、結構有名な話だったのかも。

565 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 08:12:42 ID:X+OLEwPS
現代の物語のテンプレになれてると戦国時代は思わぬところで勝ったり負けたり死んだりするから
ほんとびっくりさせられる

566 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 10:12:37 ID:+4khnmRI
めっちゃ強そうな描写しといて
次の瞬間には秒殺されてるとか軍記物ではよくある事

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 10:39:28 ID:DO+hKaMl
現実はセオリー通りにはいかんもんです

568 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/11/13(土) 11:28:04 ID:498/+9kG
この人の兄の羽尾幸全って流浪の真田幸隆を助けたのに攻め滅ぼされた人だよな
というかその時裏切ったのが輝幸だけど

572 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 14:58:27 ID:3G+Ry19D
>きっと 誰かがオレを妬んで昌幸の奴に讒言したに違いねぇんだ!!」
>……おいおい、こんなんでよく信玄に仕えていられたな。

曲淵庄左衛門「上原能登守殿の武名を傷つけた>>560を訴える覚悟がある!」

573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 15:10:31 ID:q6JHq00S
負けるだろ、どうせw
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    刀身押しあてられただけで越後に逃げ帰った時点で、逸話臭さ爆発ですな。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >>564
    確かこの人の三男が海野六郎って設定だった筈。
    モデルとして実在したかどうかは諸説あって不明らしい。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この人の持ってる刀の名前「茶磨破」ってどういう意味なんだろ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    井上靖の小説「真田軍記」の中の短編「海野能登守自害」の元ネタかな?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>米3殿

    「茶磨」とは「茶葉を磨る物」=「石臼」だそうです。
    「茶磨破」は「石臼割り」と言った意味でしょう。

  6.   | URL | -

    この題材を使って海音寺潮五郎も短編書いてたよね
    そこでは羽根尾輝幸って名前になってたはずだけど

  7. 人間七七四年 | URL | -

    羽尾兄弟は書によってかなり多種多様な名前で伝わってる

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