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大阪城中千畳御上段の間には…

2010年11月15日 00:00

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 23:52:40 ID:9yQUECx3
落語「くっしゃみ講釈」の「難波戦記」について語っている部分

「大阪城中千畳御上段の間には、内大臣秀頼公、御左側には、御母公淀君をはじめとして、
介添として、大野道犬主馬修理之助、軍師には、真田左衛門尉海野幸村、せがれ大助幸昌、
四天王の銘々には、木村長門守重成、長曾我部宮内少輔秦元親、薄田隼人正兼相、
後藤又兵衛基次・・・」

真田信繁「・・・」
毛利勝永「・・・」
長宗我部盛親「おい!」
※「元親」になっているのは、本の誤植ではなく、なぜか落語ではずっと「元親」の
まま語られてきたらしい




590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/13(土) 23:55:19 ID:xQdgwL9M
薄田隼人の逸話といや、狒々退治があるけど、なんであんな話ができたんだろうね?
実際にでかい猿を狩ったことがあったんだろうか。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この話では信繁は海野姓になってるのか。お兄ちゃんが上野東照宮に献納した灯籠には『真田伊豆守滋野朝臣信之』と彫ってあったが…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    元々薄田兼相は、狒々退治で有名な「岩美重太郎」と同一視されています。
    そこから「薄田狒々退治説」が継承されて居ると思われてるそうな。
    (実際同一人物かは不明。ただ時期が同じで怪力同士だからそう思われてるw)

    んで、その狒々退治は。個人的に思うに、デッカイ猿が農作物や人か何か襲ったのでヌッ殺したのが大々的に話しになった。ってのがオチじゃないのかなと。

    >狒々
    綱吉の時代と家宣の時代に捕まったらしいです。

    大型のサルともなるとゴリラ・チンパンジー等、海外から誰かが持ち込まない限り、日本には固有のニホンザルしか居りません。なので、何かしらの要因で大きく育った猿だと思われてるみたいです。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    米1
    真田氏が海野姓を名乗るようになったのは江戸時代からで、戦国までは滋野姓
    そもそも海野氏が滋野氏の嫡流を名乗っている家だったりとワケワカメなんだけど。

  4. 人間七七四年 | URL | V2z7by6E

    まぁ、講談の精度なんてこんなもんってことなのでは?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    何ぞ故障でもあんのですか?

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