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肥前名護屋水騒動と伊達政宗

2010年11月16日 00:00

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:05:22 ID:K/oVdpuh
朝鮮征伐の際の、日本軍本営たる肥前名護屋に置いて、水汲みの問題を発端として
あわや徳川家と前田家の衝突へと発展仕掛けた事件については

肥前名護屋水騒動
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3540.html

こちらに詳しいが、今回はこの事件の、前田家の方の記録を見てみよう。

天正20年(1592)5月5日のこと、水争いから始まった徳川、前田の騒動は次第に大きくなり、
ついには一触即発の事態となった。

徳川前田の両家は臨戦態勢となり、今にも合戦が始まらん、という状況になると、
普段より利家びいきである蒲生氏郷、浅野幸長、毛利河内守といった面々は家中の者達に
具足を付けさせ、前田屋敷より少し離れたところに自身陣取り、合戦に備えた。

また前田家重臣である長九郎左衛門も急遽500の人数を引き連れ屋敷に入った。
これに利家も大変に気を良くしたという。

さらに、金森法印、堀秀政、村上義明などは公儀をはばかり自身は出なかったものの、
加勢の人数を前田屋敷によこした。


さて、この事件より少し前、伊達政宗前田利家から金三千枚を借金していた。


この事件が起こると、政宗は、徳川家にも前田家にも冷静な対応を呼びかける使者を送った。
その上で自身の屋敷に家中の者達を集合させ屋敷の防備を固めた。

名護屋の各家の動向を横目に調べさせていた利家はこの報告に

「ということは政宗は衝突に参加せず、中立を守る気か?」

これに横目の家臣、表情を曇らせ
「いえ、それが…」

「なんだ?政宗は屋敷から動かないつもりなのであろう?」

「たしかに政宗様は人数を屋敷内に固めております。ただ、その鉄砲の筒先がすべて、
我が前田家の屋敷の方に向いております。」


利家これを聞くとさすがに

伊達政宗という男、若いくせになんという二股膏薬だ。」

と、大いに呆れたそうである。


『菅利家卿語話』より、肥前名護屋水騒動の伊達政宗についてのエピソードw




616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:07:27 ID:gYBZrHt6
さすが、政宗。格がちがった。

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:17:08 ID:64bme31L
この手の逸話を聞くたびに思うが「筒先が向いてる」ってどういう意味なんだろ?
象徴的表現?
それとも実際に鉄砲足軽を並べて銃口を向けて射撃姿勢をとらせたの?
後者だったら大問題になるような・・・

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:36:41 ID:K/oVdpuh
>>617
象徴的表現でしょうね。
「あいつ中立を装ってるけどいつでも前田屋敷の方に向かって攻め込む態勢取ってますよ」
という意味でいいかと。

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:40:30 ID:64bme31L
>>618
ご回答ありがとうございます

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 22:49:28 ID:kWQGupho
本当に汚い男よ

だがこういう奴は長生きするw

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/15(月) 00:01:48 ID:4x5nmmZO
その点武蔵さんなんかは生きてたらどっちかに突っ込みかねんしな、早死にも宜なるかな。

…いや、両方にだろうか。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    こういうチャンスに、家康を〆ておかなかった秀吉の甘さがなぁ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    江戸幕府初期のように喧嘩両成敗で両方とも改易とかね。
    どっちかだけ潰すなら前田ではあるまいか屋敷地を移されたことから言って。

    若いころの秀吉なら自分一人で仲裁に来たりするのだろうね。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    政宗はどういう経緯と理由で利家から金を借りていたのかな?
    分かる人いる?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    利家もちゃんと金を貸したりするんだな
    ちょっと感動した

  5. 人間七七四年 | URL | -

    政宗「やべぇwチームで特攻服そろえたら金が無ぇwwwwwどうすんべw」
    って感じ?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    さすがにこれで家康と利家シメるのは無理があるような……。

  7. 人間七七四年 | URL | wZ.hFnaU

    ※3
    この時期だと常識的に考えれば朝鮮役の軍役の資金に困って、ってことかと。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    そんな前田家攻める気満々の姿勢でいたら中立装ってる意味ないじゃんw
    さすが策士なようでいて詰めの甘い政宗w

    でも二股だの日和見だの言われなんだかんだ言ったりやったりしつつも、政宗って小田原から関ヶ原まで常になんかあればとりあえず家康に付くって事で一貫してるよな。
    その辺がなんだかんだで生き残れた理由かな。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    蒲生が嫌いだからその後方にいる家康っと結んどきたかっただけじゃね?
    蒲生のあとも上杉だし

  10. 人間七七四年 | URL | -

    そういや仙台藩も結局幕末まで徳川側だったなぁ

  11. 人間七七四年 | URL | -

    よほど家康と政宗の馬が合ったのかねぇ。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    鮭様もだが、東北班は何か家康と親しいイメージだなあ。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    鮭様は駒姫の件もあるからね

    この時は珍しく政宗がお気の毒に的な手紙出したんだっけ
    いとこにあたるし

  14. 人間七七四年 | URL | -

    領土が遠い前田領、領土が近い徳川領
    恩でいえば徳川にもない訳でもなし
    この時期だと徳川が北方大名の監視役やってるし
    実際、徳川に組するのは当然なんだよな

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    伊達としてはこれを機に徳川に恩を売りたい、信頼が欲しいという思惑がある
    そうすれば動きやすくなるし、徳川の信頼を得れば東北勢で抜きん出れる
    だから前田に敵対した風を装ってる
    ※でかい恩を売るのが目的なので中立に見られる様な行動は逆にNG

    仮に前田が勝っちゃった場合、徳川弱体化ウマーで単純に美味しいw
    その上、前田に対しても
    「徳川に睨まれているのでしょうがなかった」
    「恩があるゆえ、建前の威嚇しかしなかった」
    と釈明する余地残してる

    こういう立ち回りはいかにも政宗、二枚舌外交の基本だよ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    >>1-2
    喧嘩してないから無理。
    それにこれで改易してたら清正と行長とかも改易しなきゃならなくなる。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    太字の文レオン「あれ?三歳来てないの?」太字の文

  18. 人間774年 | URL | -

    てっきり借金もろとも前田を始末するつもりだと思ったのに

  19. 人間七七四年 | URL | FKySkP76

    ※13
    成実は自らの著書成実記で駒姫の一件で最上ザマァwって書いてるんだよなww

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