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水谷蟠龍の田野城攻め

2010年12月03日 00:00

612 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/02(木) 13:28:24 ID:+1mMNY8a

天正十三年、常陸国田野の領主・羽石内蔵允盛長が、結城晴朝から離反し、宇都宮
家に通じているのではないかと風評が立った。

晴朝は配下の久下田城主・水谷蟠龍を呼び出して告げる。
「羽石の謀反は噂などではない。本当の事だ。奴の討伐は他の者にも命じてあるの
だが、もし討ち損じたら結城家の恥となってしまう。念には念を入れて、そなたに
も出陣して貰いたいのだが、どうか?」

この申し出をあっさりと引き受けた蟠龍、結城家諸将の軍勢を待たず、水谷軍のみ
で田野城を急襲する。
「羽石が宇都宮家に通じているのは明白だ。長引くと笠間からの援軍が来るぞ!て
っとり早くサクッとヤッちまえ!」

しかし、これは流石に羽石の事を舐め過ぎていた。
元々晴朝が、他の連中だけでは心許ないと言う程に武勇に優れた武将であり、田野
城も堅固な要害である。
水谷軍は攻め込みながらも攻めきれず、宇都宮家配下の笠間軍による援軍を許して
しまう。

早くも水谷軍が戦線を開いた事、笠間軍の援軍が田野城に入った事を聞いた晴朝は、
急いで結城軍からも援軍を編成して田野に送り込んだ。
また、宇都宮家の家臣でありながら結城家に通じ、笠間家とは犬猿の仲であった益
子家からも援軍が届いた。

「援軍忝い!これから水谷軍が城を落します故、益子・結城の両軍は周囲の警戒に
当たり、重ねての援軍がある様なら、これを追い払って頂きたい!」

速攻での決着を諦め、腰を据えて攻撃を始めた蟠龍。
三晩四日の間、攻めに攻め続けて、三千の敵兵は三百余りにまで数を減らしていた。
「最早ここまで」
勝負を諦めた羽石はしかし、腹を斬る事よりも、戦って死ぬ事を選ぶ。

「我こそが羽石内蔵允!雑兵共はそこを退け!水谷蟠龍、尋常に勝負いたせ!」
最後に残った本丸の門を開け、水谷軍に向けて突撃を決行する羽石軍。
この突撃を知った蟠龍も、羽石の奮戦に報いるべく、前線に馬を走らせた。
水谷蟠龍、この時六十三歳。
互いに槍を合わせ、半刻程の打ち合いの末羽石内蔵允は力尽き、田野城は落城した。


田野領が水谷・結城・益子の三家で分割された時、羽石家で飼われていた名馬「田
野黒」を蟠龍が手に入れた。
後に徳川家康から書状が届いた際、その返信と共に田野黒は徳川家へと贈られた。
家康からは名馬のお礼として、一羽の鷹が蟠龍に贈られたと言う。

いよいよ老境に至った蟠龍、自ら筆を取って自画像を描き上げたのだが、その際に
家康から貰った鷹を一緒に描き、
「私の死後、この鷹も私と共に成仏させてやりたいのだ」
と語ったのだと言う。


>>http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4886.html
のコメ10でちょっと触れられている水谷さんの田野城攻め。
『水谷蟠龍記』だとこう書かれてますよ、と。

つか、全体的には良い話寄りだとは思うんですが、援軍に対して「俺達だけでやる
から、お前等はそこらで見てな!」ってのはどうよ?
彼等にも面子ってもんがあるんじゃないか?




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    援軍は援軍として顔を出した時点で、
    面目は立っているよ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    水谷蟠龍斎は初陣からして鬼武蔵並みのヒャッハーだからね。
    御曹司なのに突出するわ、
    大手柄立てるわやりたい放題。

    その後、重臣相手に喧嘩売って怒られて、
    単身宇都宮家に侵攻しちゃうし。
    マイナーだけど坂東を代表するヒャッハーだよね。

    更に教養や外交戦略もあるから手に負えないんだけど。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    畑に地しばり田にびるも
    久下田に蟠龍なけりゃよい



    ※地しばり 畑の雑草
     びるも  田んぼの雑草

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