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戦国時代の二つの南部

2010年12月18日 00:02

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/17(金) 01:11:44 ID:WD6cwNo9
悪い話で南部さんの盟友?がちょっと出ていたので

戦国時代の二つの南部


天正18年(1590)、南部軍の大将として津軽氏と戦っていた八戸政栄は、
三戸の南部信直の呼び出しを受け急遽帰国した。
二人はそれぞれ三戸南部氏・八戸南部氏の二大巨頭ではあるが、
家中で立場の弱い信直になにかと親身になってくれたのが政栄だった。

このとき信直は人生最大のピンチを迎えていた。彼は思い詰めた末、政栄にこう切り出した。

信直「八戸殿は小田原に行かれるおつもりですか?」

政栄「…………」

信直「いま関東の大小名はこぞって太閤様のもとに参陣し、御沙汰を待っています。
   我らも一刻も早く小田原へ行かねば後々よろしからぬことになるでしょう。
   しかし参陣したくとも、津軽は騒ぐし九戸も不穏だし、領地を留守にはできない。
   だからといって参礼をしないわけにも行かない。

   …あなたは他の末家と違い、朝廷公家に直参するお家ですから、
   一緒に小田原に行き、本領安堵されたいと思っています。
   しかし我ら二人が領土を空けるわけにはゆかないのです。
   
   だから、どうかこの地に残り、南部の土地を守っていただけないでしょうか。
   御朱印を拝領する名代として、ご子息の直栄殿をお連れします。
   当主のあなたが直接参陣できない理由は私から利家様に必ずご説明します。
   
   当家の存亡はあなた一人の思慮に懸かっております!お願いいたします!!」


政栄は少し考えこんでから、静かに語り出した。


政栄「おっしゃる通り、八戸は三戸から一度も禄を受けたことはありません。
   ですが、先祖代々不幸のあるときは互いに助け合い、家を存続させてきました。
   いま九戸政実と津軽為信の反逆によって、ご領内は三つに分裂してしまっています。
   こんなとき私まで太閤様に参礼したら、嫡家の威勢はさらに弱まり、滅亡してしまうでしょう。
   南部の大事に自分の家の都合のことなど申してはおられません。
   
   私が自領とあなたの領地をお守りします。
   あなたはお気遣いなく、すぐに小田原へ行きなさい。
   息子は参陣させますが、八戸の所領安堵はご領内が落ち着いてから後日願い出るつもりです」


信直はうなだれて政栄の話を聞いていたが、話が終わるとワーッと泣き崩れた。
「八戸殿、かたじけない…。ご親切は決して忘れません」


こうして信直は領内に八戸政栄を残し、ようやく小田原に参陣できたという。
結局八戸は大名になれなかったんだけど、
信直が八戸家を立てたので彼の生前はまあ良好な関係だったそうな




861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/17(金) 01:39:06 ID:f1LztK/7
政栄死後の八戸家に対する南部の扱いがなけりゃいい話で終わるんだがな・・・

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/17(金) 07:29:04 ID:yGpFqwuY
八戸さんはもうちょっと評価されても良いと思う。

信直はいいんだが、利直がなあ…。ただでさえ外様豪族の力が強い南部で
権力を確立する為には外様潰しが必須だったとはいえ。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    盛岡はなぁ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    青森県第二田舎都市の座をめぐって今尚争う弘前(津軽)と八戸

  3. 人間七七四年 | URL | YzOVvsF6

    津軽のヒゲオヤジも真っ青な南部信直の策略でした

  4. 人間七七四年 | URL | -

    これが謀略なら南部さんすげぇって見直すわw
    つか南部さんってどちらかと言えば謀将寄りだよな、斯波の内紛あおって瓦解させたり、五十目兵庫引きいれて大館奪ったり。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    八戸さんの前では純情可憐な信直も
    同じく小田原参陣を検討していた和賀氏の家臣に内応させ
    「今頃小田原に行ったって秀吉に領地取り上げられるだけだよ!
    それより奥州の武将みんなで団結して戦うべきじゃね?」
    という結論に至らせ
    舌の根も乾かぬ間に自分だけ参陣したからなぁ
    それに気づいた和賀氏の動きも封じてるし
    この人は怖い

  6. 人間七七四年 | URL | -

    もっとも仮にここで信直派から誰一人ラスボスの元に行かなければ
    青森周辺は全て津軽領となっていたので政栄も承知の上での行動じゃないかな。

    政栄としても庶流・新田氏の出身だし、
    かつての総領・八戸南部氏もすっかり寂れていたからね・・・・。

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