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『 難波の霞 』

2010年12月20日 00:01

877 名前:1/2[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 17:08:55 ID:5KSHtmH+
薩摩島津家が天皇のもとに参内することになった前日、宮中から箱が送られてきた。箱の中には、

『 難波の霞 』と書かれた紙切れが入っているだけだった。

「これは、何のことじゃ?」
島津家の重臣達がいくら頭をひねって考え抜いても、何の意味があるのか、さっぱり分からない。

「まずい。これでは明日、義久様に恥を掻かせてしまう!」
「だが、どうすれば・・・」

「おや、何の騒ぎですかな?」
「おお武蔵どの!良いところに来てくれた!実は、こんなものが宮中より届いたのですが・・・」
重臣達は最後の頼みの綱、通りかかった新納武蔵守忠元にすがりついた。


「ああ、こりゃ和歌の定番ネタのことじゃな。」忠元は、あっさり謎を解いた。

“難波潟 刈りふく蘆の 八重霞 ひまこそなけれ 春のあけぼの”(二条為氏・新後撰集)

「難波の入り江には蘆が生い茂り、それを覆い隠すように霞が立ち込める、というのが定番の情景でな。
つまり『難波の霞』が隠すのは『あし』、『あし』を隠すのは履き物。
すなわち、宮中に特有の履き物である木靴・革靴を改めて参れ、という謎かけじゃよ。」

「「「おおお!さすがは武蔵どの!!」」」


新納忠元が謎を解いた」という噂はたちまち宮中に伝わり、公家衆はその姿を見んと宮中で待ち受けた。

878 名前:2/2[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 17:09:44 ID:5KSHtmH+
参内当日、島津義久に随行した忠元を、公家衆は奇異の目で見つめた。

(あれが名高い新納武蔵守かいな)(武名高く教養深いと評判の武蔵守が、こんな小さいお人とは)
(しかし、ほんにえらいおチビさんどすなあ)(あれで有名だから、むしろ大したモンやホホホ・・・)

「・・・・・・!!」「忠元。」
「・・・わかって、おります。」義久に暗に釘を刺された忠元は、暴れ出したい衝動を必死で抑えた。

無事、参内を遂げた島津家一行に、天皇は親しく声をかけた。

「さて、薩摩は遠国だ。何ぞ上方と変わっている、珍しき事はないか?武蔵守よ、どうだ?」
「そうですな、薩摩では跳び方が面白いと、良く蛙を棒で突っつくのが上方と変わっておりまする。」
「か、蛙?!」
「ええ、あのゲコゲコ鳴く蛙です。都にも蛙が多いようで、楽しみな限りにござる。ハハハ・・・」
忠元は、天皇の左右に控える百官を見渡して笑った。
「さ、左様か。それは面白い事を聞いた。島津家の者ども、今日は下がって良いぞ。」


島津家一行が退出した後、公家衆は忠元を嘲笑った。
「聞くと違って、何や阿呆なこと言うお人でしたなあ。」「ほんに・・・ホホホ・・・・・・」

「阿呆は卿達だ。」

「な、何を申されます主上!」「・・・『井蛙』という言葉を知っているか?」
「『大海を知らず』、という話でおじゃりますか?」

“井蛙不可以語於海者、拘於虚也。夏虫不可以語於氷者、篤於時也。”(荘子)

「和歌の知識という井戸に篭もる都の蛙を、薩摩者が漢籍という棒で突ついた、という訳だ。
分かったか。以後、田舎者とて武家を嘲笑うこと、まかりならぬ。これ以上、朕に恥を掻かせるな。」

天皇の静かな怒りに、公家衆は一言も返せず、うなだれるばかりだった。




879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 17:37:21 ID:uElzWMr0
新納さんかっこいいー!
そして公卿ざまぁw
こーいうスカッとする話良いな

881 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 21:11:56 ID:m+4oBwsY
>>877-878
この切り返しはかっこいいな。
まーくんの逸話にしてもそうだが、自分もイヤミに対してさらっと皮肉で返せるだけの
教養を身に着けたいと思うわ。
882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 23:04:08 ID:1sNA1Ur2
天皇って後陽成天皇?
こんな知的な人だったのか

883 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/12/19(日) 23:13:55 ID:jaNk5+rD
まあ夢のない話をすると、島津家関連のこの手のコンプレックスを跳ね返して
自尊心を回復するタイプの話はだいたい後世の作り話

つーかこの時代公家こそ漢詩の本家本元みたいな集団で、島津の連中がどうひっくり返ったって
そっち方面の教養でかなうわけがないw

884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 23:15:16 ID:We44p8Ws
野暮な奴だ

885 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/19(日) 23:45:47 ID:6ABmzllg
>>883
この頃の公家にまともな学問をするだけの余力が会ったかはかなり疑問だがな。

886 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 00:40:04 ID:wlfUvjdu
>>882
島津が上洛できる時期の天皇だと後陽成天皇しかいないけど、この時期だと
15~20歳とかだもの。年齢設定だけでも、まず作り話確定かと。

さんざ馬鹿にされたので、こういう作り話で鬱憤を晴らしたんだろうねい。

887 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/12/20(月) 00:41:03 ID:4XVUKRai
前述の逸話が事実だとするなら、デニーロさんが一番苦労したのは公家の嫌みへの切り返しではなく、
いかにしてお留守番大好き太守を館から引っ張り出すかのような気がしなくもない(もっとも秀吉政権時代には
しょっちゅう都に呼びつけられているようですが)。

888 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 00:41:58 ID:D8Fa/BJt
逸話の90%くらいは作り話だから今更作り話とか言われてもw

890 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 01:11:27 ID:vnp5y9Pn
>>885
学問や文化の担い手だったから
公家がはるばる地方に出向くと歓待を受けたんだろ。

891 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 01:52:20 ID:Om+tdkOf
>>886
なにその朝鮮人根性…

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 02:12:30 ID:r7VS/C1n
島津一族とか島津の重臣とかは教養あったんじゃない?
新納とか戦場で和歌の応酬をする話とか残ってるし
4兄弟のお父さんやそのお父さんの和歌を見る限り教養レベルはかなり高いと思うが

それが転じてこんな話になったんだろう
公家相手ってところが薩摩の田舎精神醸しだしてていいじゃないかw
この当時の公家の学問レベルがどれくらいだったかきになる

893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 03:52:08 ID:wlfUvjdu
ちょっといい話のはずが、コンプレックス丸出しの作り話でしたって感じの
ちょっと悪い話にw

>>892
たとえば、当時でも公家では家学 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E5%AD%A6
やら、細川幽斎で有名な古今伝授なんてものが綿々と受け継がれていたわけで。

儀式と学芸をするのが皇族や公家のお仕事。武家の嗜みなんかと同じレベルで語っちゃ
いけないでそ。もちろん、武家にも先に挙げた細川幽斎みたいな例外もいるけどさ。

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 09:12:43 ID:P1VmSyrn
>>893
室町、戦国期は公家の断絶や没落がバタバタ起きてる
朝廷に強い影響力があるか、下野して成功出来るほど高い能力を持った公家以外が
一定の文化レベルを保持し続けられるかはちょっと疑問かな
真偽についてはそういうスレじゃないんで言わない

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 12:53:20 ID:galYymbM
>>893
義久も幽斎や近衛前久から古今伝授を受けてるっしょ

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 15:04:50 ID:X6EpBuBo
つまり、この流れの結論としては、
「幽斎さんは神」で異論は無いな?

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/20(月) 16:18:55 ID:RuG0Nvsp
ほんとどこにでも出てくるな近衛前久は
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    帝すげえな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    別の武蔵さん
    「ヒャッハー、禁裏は消毒だ!!」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    野暮は承知だが
    武蔵さんは参内御目見えが出来たか気になる。
    あと、武蔵守と呼びかける帝にも。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    それ以前に、
    宮中で薩摩弁が通じたか、と。

  5. 人間七七四年 | URL | KAms/y7Q

    ※4
    マジレスすると天皇の御前で地方出身者が何か申し上げるとしたら
    当時の標準語に当たる室町言葉を使っただろうと。

    てか常識的に考えて、宮中に限らず改まった公の場では今も昔も方言NGだろ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >おお武蔵どの!
    で、「え?何で武蔵さん??」っとドキっとしてしまったが、常識的に考えてこっちの親指新納さんですよねぇwww切り返しの件の部分、流石でした!

  7. 人間七七四年 | URL | -

    嘲笑したお公家さん、相手がまともな方の武蔵でよかったなw

    そして新納さん、チビってことやっぱ気にしてたのかw

  8. 人間七七四年 | URL | 2Z5jlXfU

    一瞬シークレットシューズの話になったのかと思ったわ。
    しかし、切り返し良いなあ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    でも言ってる事は「バカが多いから煽って反応見るのが楽しい」なワケで(笑)

  10. 人間七七四年 | URL | -

    しかし、嫌味の通じる人が居てよかったな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    義久、標準語が話せるから中央で活躍
    義久、標準語が話せない

    じゃなかったっけ?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    親指武蔵「つまり『難波の霞』が隠すのは『あし』、『あし』を隠すのは…」
    別の武蔵「なるほど!宮中の奴らの足を片っ端から斬って隠せばいいんだな」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    なんだかんだで当時の武将は教養人多いしな。しかもそれを実戦で役立たせなきゃならんのだから、禁裏でクダ巻いてる公卿どもなんぞ将に「井の中の蛙」だろう。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    何故か五尺の鉄棒をもってる武蔵さんを想像した

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    うん。これは主上もカッコイイ

  16. 人間七七四年 | URL | dMtXu4sA

    親指武蔵と主上の格好良い話ですね。
    米12
    後に京都を震撼させる「妖怪あしおいてけ」誕生の瞬間である。
    現代ではきっと、おあしから転じて商売繁盛の神になったに違いない。

  17. 人間七七四年 | URL | IY7bLZJE

    >16
    すいません、どう見ても現代では都市伝説にしかなりません

  18. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    >17
    後のビリケンさんである。ってのは?

  19. 人間七七四年 | URL | -

    南部信直がこういうので泣かされていた訳だね。

  20. 菜梨 | URL | t4BXKsVg

    【教養と気性の激しさと武勇】→明治時代にこれを【知識と堅い意志と鑿】という形で表したのが、新納忠之介。かの岡倉天心に見出だされ、廃仏棄釈の嵐に立ち向かい、文化財修理の道を開いた人だね。
    こんな子孫を出した人だったんだなあ…

  21. 名無しの日本人 | URL | qx6UTKxA

    この逸話をそのままとれば、
    新納さんが定番のネタという程度のものを、謎として出しておきながら、
    それを解いた者を見てみたいというレベルの公家衆ということなので
    その時点で、公家衆自体のレベルが低かったとしか思えない。

    公家衆のレベルが本当に高ければ、
    定番ネタ解いた?フーンって話で終わる。
    逸話での公家衆の中では足の話は
    結構難易度高目のネタだったってことじゃないと
    話の展開がおかしくなるよね。

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