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塚原卜伝、後継者を選ぶ

2011年02月01日 00:01

529 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/01/31(月) 02:42:40 ID:LYBF9Oms
塚原卜伝、後継者を選ぶ

この世に生を受けてより三十九度の合戦に挑み、真剣での立会いを行うこと十九度
木刀においては立ち会うこと数知れず、斬って捨てた者の数二百十二人と言われ
その間刀槍にての傷はなく僅かに六度の矢傷を被るのみと言う
戦国乱世を剣一本で渡ったこの男にもその生涯に幕が下りようとしていた。
己の死期を悟った卜伝は、家督を立てようと養子三人を試すことにした
何れも実子のいない卜伝に剣の腕を見込まれて養子になった者達であった。
さて卜伝は自室の入り口の暖簾の上に木枕を仕掛け、部屋に入ろうと暖簾を捲くると
木枕が落ちてくるように仕掛けておいてまず長男を呼び出した。
長男は部屋の前で立ち止まり「見越之術」を用いてこの木枕を取り除き
何事もなかったように部屋に入り座った。
 (以見越之術見付之、取其木枕而入座也)
卜伝はまた木枕を先程のように仕掛けて次男を呼び出した
次男は部屋に入ろうとしたが木枕が落ちてきたのを察すると飛び退いてこれ(木枕)を避け
己の刀に手を掛けたが、木枕であることを確認すると気を静めて座った。
 (二男開弈時木枕落、飛去懸手於刀、慎而入座也)
そして卜伝は三度同じように仕掛けを施し三男を呼び出した
三男は暖簾を潜ろうとするなり落ちてくる木枕を、地に付く前に刀で斬り、それから座った。
 (開暖簾之時木枕落、忽技刀斬之於中而入座也)
卜伝は二男と三男の二人に怒りながらも諭した
「お前達木枕ごときに驚いてどうする?常在戦場の心で先々の事を見越していないからだ
彦四郎(長男)のみが不測の事態に心を動かさず
これ(見越之術)を知るところであったので彼に家督を譲る」

孫子の勝兵先勝而後求戰に通ずる教えである。




530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 05:16:21 ID:iAxPTM0c
3人が比較されるというと、なんらかのオチを期待してしまったが、何も無かったw

531 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 05:47:10 ID:X2FDwo3J
見越之術って透視能力なのか?

532 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 05:56:01 ID:KdOYAL5W
宮本武蔵を筆頭に剣豪と呼ばれてる奴らは総じて胡散臭い

上泉信綱くらいしか信用できん



533 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 10:27:15 ID:sakEqEon
よりによって一番神格化された怪しいやつを信用すんなよw

534 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 11:31:11 ID:BqR74IDU
松山主水「信用出来るのは俺の二階堂平法だけだな」

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 13:26:55 ID:41D0So/4
>>532
宮本武蔵はいろいろ言われるが、
五輪書と絵画を見るとハッタリの剣豪とは思えない迫力があると思ふ

536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 13:56:13 ID:jTmn98yv
剣豪の逸話って誇大になりがちだから、何もかもでたらめだと決め付ける奴が多い
でも武蔵が細川家に厚遇されたり、合戦に参加したのは紛れもない事実
少なくとも、あの当時武蔵の有名が轟いてたのは間違いないだろう

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 18:56:39 ID:sakEqEon
>>536
厚遇ねw
忠興と忠利の数千通の往復書簡の中に
ただの一度も宮本武蔵に比定できる名前は出てこないけどねw

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 19:01:35 ID:X2FDwo3J
松山主水はべた誉めされてるのになw

540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 19:11:20 ID:+PknxsYn
柳生十兵衛「宮本武蔵殿などほとんど創作でござるよ」

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 19:25:19 ID:rg3GBomV
>>540
何という懐の深さ…これが柳生の無刀の構えか…。

542 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 19:32:24 ID:J5Hp/DzU
江戸時代みたいに平和な時代だと剣豪はもてはやされるかもしれないが
戦国時代の戦場だと無名の農民にも討ち取られる可能性が・・・
そもそも刀自体あんま出番ないし

そういえば武蔵は島原の乱に勇んで参加したけど、石落とされて負傷リタイア
だったな

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 19:57:05 ID:o56Yi92Y
剣豪と言っても、
ピンからキリまでだからな。
義輝や具教は除くにしても、
上泉や柳生、真壁、富田あたりは、
剣豪以外で実績を残していたりするし。

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 20:40:59 ID:kLBARefx
丸目「仲間に入れてください」

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 21:00:22 ID:ZfiD3iZx
憲法色で名を残した吉岡は異色だよね。

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 21:03:41 ID:41D0So/4
>>538
まあでも、宮本武蔵は各地に足跡残ってて、
何処に行ってもそれなりの持て成しを受けているのも事実だからなあ

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 21:30:58 ID:Y0KDc7St
>>544
お前ちょっと畑耕しただけだろ

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 21:52:08 ID:LRVg2V3F
東郷先生の事も思い出してあげてください

550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 22:23:46 ID:qgvI2/ag
東郷さん後年は鎖で刀を封印したんだよな
示現流は刀を抜くだけで人が死ぬからダメ絶対
抜かずして勝つのが至高の勝利とか言って
弟子にも免許ついでに同じ事を強要してるし
剣客としてそれはいい話なんだろうか?


551 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 22:26:19 ID:dGA99R2S
中島敦の「名人伝」みたいだ

552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 22:31:44 ID:g8fMUI+h
そんな刀を持ち歩いて、意味があるのかなあ?

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 22:36:04 ID:41D0So/4
東郷さんから始まった示現流は幕末に至ってまで結果出したから良いんじゃね?
猿叫とかロマンがあるしw

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 22:38:09 ID:aPF+rYWt
まあ、示現流の猛攻なら鞘でも充分危険な気がするがw

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 23:25:59 ID:lF4Ucjyr
>>542
首切り茂吉のコピペを思い出した。

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 23:27:49 ID:zxPvfyzP
講談士や小説家に、人々の歴史認識を塗り替えようという気はなかったろうけど、
結果そうなったのは逸話扱いしてもいい気がする。ここで扱う気はないが。

吉川英治、司馬遼太郎、子母沢寛、立川文庫とか

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 23:31:37 ID:9JlihqWt
心技体を磨いてくと、人を切るってことの意味とかになっちゃうからなぁ~


559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/01/31(月) 23:34:09 ID:Wx78/k/9
剣豪の北畠や足利も忘れないであげてください。

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/01(火) 10:38:01 ID:N2S4ysgF
>>552
こういった価値観から薩摩拵という独特な拵えが生まれた。

薩摩拵(さつまごしらえ)
江戸時代の各藩は、武術流儀に最も適した各藩独特の拵を考案し実戦に備えていた。
薩摩拵もこのような主旨から発案された外装で、実用性を追求したため武骨な格好となっている。
この拵形式の根底には薩摩示顕流がある。
同剣法の掟に『平常は刀を抜くべからず、止むを得ず抜刀した場合には必ず相手を倒すべし』
とあるところから刀を抜かずに相手を倒すことを目的とするべく、
柄を太く長くして立鼓を取らず、厚手の牛革を巻いて漆をかけ、
さらにその上に糸か革紐を巻き締めて目貫を装着せず、鉄の縁頭で強固な作りとした。
同時に逆角の突起を凸形として帯から素早く抜けるようにし、
刀身を鞘に収めたまま柄頭で相手を直接攻撃したことからもその利点が判る。
鐔には鞘止と称される小穴が開けられているが、刀を無闇に抜かないことをおしえたもので、
この穴に針金や紐を通し鞘に固定していた。
ttp://www.weblio.jp/content/%E8%96%A9%E6%91%A9%E6%8B%B5

562 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/01(火) 00:35:56 ID:EQ8OY2Cl
>>543
そりゃそうでしょみんな武将(領主)だもん
このへんの人らは剣豪じゃなくても名が残るでしょうよ

当時の連歌師みたいに芸で高名になってと言うと何人いるか…
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    でたらめならなんでこんなに剣豪の名前と剣術とその流派が現代に残っているんだって話になるわけで

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大名家レベルでさえ、でたらめの家系図が平気で今に伝わってるのと同じじゃねーの?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ちょっと前の義和団の連中だって極めれば鉄砲もはじくと信じてたじゃないか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    米1
    創作伝説的な巷談と、史実の逸話を混同するな、って話だよ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    管理人さーん、>>549は1/30まとめ分の『一級剣豪塚原卜伝~』の話題だと思いますー

    いつもまとめありがとうございますですm(__)m

  6.   | URL | HfMzn2gY

    >>1
    剣豪を記録する人は剣豪の身内であることをお忘れなく。

    しかし、539の話じゃないけど武蔵って細川家でも殆ど記録に残ってないよね。
    細川親子の書簡って莫大な数が残っていて、近臣のネタは殆ど出ていたりする。

    講談とかの元ネタは江戸中期の説話が元になってるし、歴史的には謎な人だね。
    やっぱり、吉川武蔵の影響が強いのかな。

  7. 三 | URL | -

    塚原氏は常陸平氏鹿島氏傍系で、佐竹氏の南方三十三館謀殺・攻落し事件の際にどうしたのか調べてみると滅ぼされたという記載がない。元々塚原城は館規模だったから見逃されたのかもしれない。末裔は普通に居る。
    塚原卜伝が現役で暗殺の現場に居合わせたら面白かったかもしれないね。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    教育実習生「見越之術」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    水野勝成が武蔵を他大名家に紹介した、とかたまに見るが事実なんだろうか
    しかし腰かけたと言われる岩が有ったり寄進したらしい石灯籠が有ったり、
    福山は武蔵と縁が有るなぁ

  10. 人間七七四年 | URL | -

    武蔵は勝成家臣の
    中川さんの子供を養子にしてるしな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ボクデンぎりだ!

  12. 人間七七四年 | URL | -

    見越之術

    みこしのじゅつ?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    この話前に見た気が…

  14. まとめ管理人 | URL | wZ.hFnaU

    ※5
    ご指摘ありがとうございます!直しておきましたー

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    黒板消しが落ちてくるんですね、わかります

  16. 人間七七四年 | URL | -

    蜈???聞逕キ縺ォ隴イ繧九→豎コ繧√※縺?◆繧薙d繧阪↑?凌

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