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仙人が窟

2011年02月04日 00:00

570 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 00:22:36 ID:iW5CYElE
天正の頃北条家が上州沼田城へ押し寄せた時のことである。

北条氏邦芳賀伯耆守が率いる千余りの軍勢を
真田信之が率いる二百ほどの兵が迎え撃った。

この時信之は我妻の仙人が窟という難所を利用した。
まず二百のうちから兵を選んで仙人が窟の左右に潜ませる。
次に信之自身が残りの百余りを率いて北条勢を攻め、その後勝負にかまわず引き返す。
撤退する真田勢を追って仙人が窟へ北条勢が来た時を見計らい、信之は反転し左右の伏兵と連携して
北条勢を突き崩した。

北条勢は大いに混乱し、右往左往する内に大半が討たれてしまった。
これ以後北条勢が沼田へと働きかけることはなかった。


それから数十年後、天下が徳川の下に定まった後信之のもとへ来客があった。
一人は幕府の旗奉行富永重吉、もう一人はやはり徳川の旗本である中山勘解由
二人とも元は北条家にいた人間であり、とくに富永重吉はあの仙人が窟の戦いで北条氏邦の軍勢に属して戦っていた。

昔物語をするうちに仙人が窟の話が出た時富永重吉
「貴殿はまことに恐ろしい御人です。昔上州仙人が窟の働きは感心しております。
 危うく一槍にされようとして逃げ延びましたわい。」と何度も信之を誉めた。

仙人が窟の話はあまり知られた話ではなかったが、この件で皆が知る様になったという。




571 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 00:31:21 ID:Vz6wvp4Q
八王子城で討ち死にした中山勘解由家範の子孫か?

北条氏照と自分の先祖の墓造ってたな
http://www.takaosan.info/topics44.htm

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 01:00:47 ID:IuImS5zS
>>570
実はこちらと重複ですな。

ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5016.html
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    あいかわらず真田vs北条は真田の大勝利で終わるんだな。
    実際はちがうんだろうけど、徳川親藩として明治まで続いた真田家と1万石の北条家じゃ情報戦でも真田の圧勝だなw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    *1の考えもあるだろうけど、社会的に面白おかしく伝説になりやすいのは弱者が強者を破った場合ということじゃないのか?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    当時の真田と北条を比べたら、生き残れただけで勝ちじゃないか。真田にとっては。
    そのうえ沼田城の保持までできたら大勝利だろう。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>管理人様。

    この「仙人が窟」の戦いって
    >>ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5016.html
    の「お兄ちゃん無双」と同じ戦いの事です。
    リンクしておいては如何でしょう。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    中山勘解由の子孫はのちに、
    「鬼」
    と呼ばれるようになります。
    鬼勘解由、と。

    鬼勘解由の後任だから、という理由で、
    長谷川平蔵は「鬼平」と呼ばれることに。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >>1
    真田さん家が徳川親藩云々より、北条が徳川家の前の関東の支配者ってのが大きいんじゃない。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    実際に北条は真田領の侵食に失敗してるわけだからな
    それも真田独立後の八年間、断続的に仕掛けては失敗してる
    つか普通に決戦強要して普通に勝てば真田なんか一撃でクリアーしちゃう身代しかなかった訳で、
    そりゃ真田大勝利って話にもなっちまうだろう

    実際は下野と常陸に力点置かれて上州は優先順位が低かったことが大きかろうが

  8. 人間七七四年 | URL | -

    他の方も言っているけど、生き残ってるだけでも真田家は相当な実力だと思う。
    また、逸話的にはこう言った話の流れの方が面白いのでしょうね。

  9. 人間七七四年 | URL | -

     軍記物のお約束かも知れないけど、戦力比1:20位までは平常業務のうち、
    という真田△。
     でも、「HN=幸村」に比べてお兄ちゃんは実戦で結果残してるなぁ…。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    一応、こっちも参考だぬ

    ttp://gnusoku.blog41.fc2.com/blog-entry-404.html

  11. 人間七七四年 | URL | -

    宗茂・信之は双璧だな…

  12. 名無しさん | URL | 0Q3WCu86

    少数で多数を相手にして勝つ場合って、大抵少数の側が兵力分けてるんだよな。
    優秀な指揮官が複数いれば、雑兵の数はある程度カバーできるのかね。
    地形も勿論大きいだろうけど。

  13. 人間七七四年 | URL | SFo5/nok

    松代藩編纂の史書は、藩祖信之を持ち上げる意図で、捏造されているから、信用してはいけない。大阪の役で、信之名代の息子達は、毛利勝永に攻められた際、自陣総崩れ寸前のヘマをしでかし、矢澤但馬守の活躍により、その場を持ちこたえた、話が伝わっている。
    仙人が窟の話は、矢澤但馬守の活躍を、信之のものに差し替えただけだと思う。
    信繁の方は、毛利と並んで有能な指揮官だと、宣教師が書いた手紙が残っていることや、子孫に兵学者の真田喜平太がいるねで、指揮官としての資質が、信之より劣っていたとは言えない。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    >>13
    実戦経験豊富な信之と、大阪の役の時点で20才前と思われる息子らを比べるのは無理があるのでは?
    それと、信繁と信之の優劣なんて、そう単純には分からないと思うよ。人の資質は数値化できるほど
    単純なものではないし。(一方でゲームなんかじゃ、あえてそうされているけど)

    個人的には、信繁(幸村)は講談の影響もあって、過大評価されているように見えるな。
    史実としての信繁と、英雄としての幸村の間には、やっぱり開きがあるんじゃないかと。
    まぁ、おいらは小説やゲームキャラとしての幸村も大好きなんだけどね。

    あと、この手の逸話は誇張や吹聴される部分も多いだろうから、ネタとして楽しんだり、
    話半分に面白がる程度に聞くのがいいんでないかと思うよ。歴史考証は大切だけどさ。

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