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相馬義胤と伊達政宗、出くわして

2011年03月25日 00:01

496 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 12:30:34.63 ID:fKau0LAV
寛永2年(1625)9月、相馬利胤が父・義胤に先立ち、世を去った。

後を継ぐべき嫡男の虎之助は未だ六歳、領内泉田村に隠居していた義胤は孫を後見するため現役復帰。
まもなく八十に届こうという老体に鞭打って、再び働き続けた。


寛永6年5月、ようやく虎之助は元服。手塩にかけて育てた孫に対し、義胤は己の名乗り『義胤』を譲り渡した。

元服後の初御目見えのため、老人と孫が江戸城に登城すると、ちょうど伊達政宗が退出してくる所に出くわした。
駕籠に乗りかけていた政宗は、下馬して城内へと向かう相馬家一行を、立ったまま何をする訳でもなく、見送った。


「あれで良いのだ。」
尊敬する祖父に対する政宗の態度に、不満気な顔を浮かべたままの孫に向かって、義胤は声をかけた。

「我らは若い頃、仇敵同士であった。武士たる者、仇敵に対して構えるのは当然のことだ。
今の若者も、日ごろ親しい人であっても、気を抜かずに用心して付き合うべきなのだ。」




497 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 13:23:18.18 ID:ZA1o8lKB
相馬さんも揺ぎ無くめんどくさい武士じゃのう。

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 13:25:44.68 ID:ogWsox2P
下手に政宗に絡まれる方がめんどくさいって知ってるからだろ

499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 13:35:20.00 ID:Hr7NaFEn
ふむ・・・・

絡まない:自分がめんどくさいと評価される
絡む:自分がめんどくさい目にあう

よし、酒に酔った市松の前横切ってくる!むろん挨拶とかガン無視で!!

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 13:45:19.18 ID:KesQ7rse
政宗がおべっか使ったら使ったで「あれは奸計だ騙されるな!」とか言うのか
確かにこれで良いのかもしれん

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 16:16:36.66 ID:9+oewzJl
そういや相馬さんとこの地元、今大変だよね

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/24(木) 21:31:31.92 ID:xgB9DlKu
相馬さんは死ぬ時も伊達領の方を向いて立ったまま葬られたんだっけ?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    めんどくさいと言いたいだけのヤツがこの頃多すぎです><

  2. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵、って言いたいだけの奴と一緒。

    ここぞ、という時だけにしなよ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >相馬さんは死ぬ時も伊達領の方を向いて立ったまま葬られたんだっけ?

    これ本当?
    なんか格好が良いな。

  4.   | URL | -

    >相馬さんは死ぬ時も伊達領の方を向いて立ったまま葬られたんだっけ?

    格好良いー!って書こうと思ったら、※3と結婚するところだった。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    相馬と被災地応援の気持ちで投下。

    相馬義胤は法名から「外天公」と呼ばれ、地元の人達に親しまれているらしい。
    初陣(1563年)からの約30年間に30回伊達氏と合戦している。
    (相馬野馬追も特に伊達家に対抗できるよう「武芸技術を研ぎすましておくようにと続いた」と自分も聞いた事がある。)

    伊達政宗が蘆名・二階堂両氏を滅ぼした天正17(1589)年、
    相馬氏からも駒ケ嶺城を奪って、相馬氏への総攻撃を進めた時の事。
    政宗への服属を勧める書状が宮城県伊具郡の武将から届いたが、
    これに義胤は「政宗に従って家名を残して汚すよりは、
    屍を砂礫にさらすとも名は汚さない」と徹底抗戦を主張したという。

    この決戦はしかし、
    豊臣秀吉の小田原攻めによって時勢が急変、回避されたらしい。

    以上『武者たちの舞台 ふくしま紀行 城と館(上下巻) /福島民報社刊』より。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    これは政宗は隙を見て切りかかろうとしてたの?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >6氏
    どう考えても相馬・伊達双方が「お互いに面倒事を避けたい、けど挨拶も嫌だ」ってポーズでしょ。だからお互いに無視するしかなかった。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    駕籠にのってるところを襲われないよう政宗が警戒したのかな
    「仇敵に対して構え」、「気を抜かずに用心して」るのだから

  9. 人間七七四年 | URL | -

    政宗も義胤も、ただ構えてるだけじゃなく
    胸中で色々と駆け巡る事があったんじゃないかな

  10. 人間七七四年 | URL | -

    さすがにどっちも今更なんかしようとかなんかされるとかは思ってなかったんじゃない?
    それでも過去に諍い続けた相手につい構えてしまうのは、別に武士だからじゃなくても自然な事のような気がする。

  11. 人間七七四年 | URL | 0Q3WCu86

    現代人だって嫌いな奴と出くわしたら警戒するだろう。
    戦場を生き残った武士ならなおのこと。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    山城守「当時は政宗をシカトするイジメが流行っていたのかもしれぬな」

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