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政宗の人間観察眼

2011年04月25日 00:02

138 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/04/24(日) 02:59:02.32 ID:AAKYzdqs
1589(天正17)年、伊達政宗は陸奥国会津を支配する蘆名家との戦いを繰り広げていた。「名将言行録」によると、
この時、激突する兵士たちを本陣から眺めていた政宗は、二人の敵将の戦いぶりに目を止め、

「一人は20歳ほどであろう。もう一人は30歳くらいか。」と、年齢を推測した。

戦いに勝利し、その二人を生け捕りにして年齢を確かめるとその通りだったので、家臣達は驚いて

「殿、何ゆえ年齢が判ったのですか?」と尋ねると、

「相手を選ばぬ勇猛な戦いぶりは若さゆえよ。一方、強い相手を避け、弱いものを選んで戦うという
 要領の良さは壮年にならねば身につかぬからだ。」

と答えたのだった。以上、敵将の年齢をズバリ当てた政宗の人間観察眼の逸話。




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これが本当なら政宗は22歳の時の逸話という事になるんだが…

  2. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

     そして、幾つになっても(何かやらかしては)上司の前で大小を投げ出して詫びを入れる、愉快で懲りない御仁もいらっしゃるんですが……

  3. 人間七七四年 | URL | -

    まあ、人を見ることと自分がどうかとはまた別のことで…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >人を見ることと自分がどうかとはまた別のことで…
    天はニ物を与えなかった訳ですねwww


  5.    | URL | -

    >相手を選ばぬ勇猛な戦いぶりは若さゆえよ。

    「つ 鏡」がこれほど似合うセリフはそうそうない

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「若さ故の過ち」って表現は何歳くらいまで許されるんだろうな

    この政宗の言う「要領の良い壮年=30歳」の頃、本人はまだまだ『若さ故の(ry』状態だったようなw

  7. 人間七七四年 | URL | KAms/y7Q

    政宗の場合、普通だったら「俺ももう若くないなぁ」と落ち着くはずの中年期という時代が無くて
    勢いと万能感で突っ走りがちな青年期から、惚けたフリして老獪に空気読む老年期にいきなり飛んだ
    そういうふうなイメージが何となくある

  8. 人間七七四年 | URL | -

    某「20代前半~30代後半、もしくは40代か50代と推定されます」

  9. 人間七七四年 | URL | VBhLj3MM

    政宗の人物眼は親父譲りだね。
    その後生け捕りにされたこの2人はどうしたんだろう?
    処刑されたか家臣として召抱えたか。

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