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秀吉の兄弟姉妹

2011年04月30日 00:00

931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 01:52:33.60 ID:MooKV/mQ
あるとき、関白秀吉の大坂城に一人の若者が2~30人の武士を従えて訪れた。
彼は伊勢国からやってきた、関白の実の兄弟であると自称し、彼を知る人はみなその通りだと確言していたという。
関白秀吉は下賤の出で、親族も農業・漁業などを生業としていた。
秀吉が位を極め関白に就くと、姉の子や北政所の親族など、次々に取り立てられていったので、おそらくはそれに
肖ろうとしたものだろう。
さて秀吉は、若者が自分を訪ねてきたことを知ると、大層気分を害した様子で大政所に問い質した。
「あの男を、息子として知っているのか。息子として認めるのか」
その問いに大政所は、若者を息子として認知することを恥じて、そんな男は知らない、生んだ覚えはないと言った。
秀吉は母が言い終わらぬうちに、件の若者を従者共々捕縛し、自らの面前で斬首した。
彼らの首は棒に刺され、都への街道筋に曝された。

その3~4ヶ月後、秀吉は尾張に他にも姉妹がいて、貧しい農民であるらしいことを耳にした。
そこで秀吉はその女に、姉妹として相応の待遇をするので都に来るようにと言った。
女は思いがけぬ幸運に喜び、できる限りの用意をし、身内の女性何人かを連れて都に登った。
しかし、入京すると女はただちに捕縛され、同行の女性たちともども斬首された。
これは秀吉が己の血統が賤しいことを打ち消そうとしたからだ、という。

フロイス日本史より、真偽不明らしいけど秀吉の兄弟姉妹の話。




932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 06:43:33.47 ID:+91C7Tge
>>931
本当に秀吉の血族なら惜しい事したな
斬首も人間性見た上にすればよかったのにもしかしたら秀頼の後見してくれて
大坂の陣は無かったかもしれん

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 08:17:38.14 ID:zADY7oui
ホントに身内ならもっと早い時期に登場してしかるべきじゃないか?

934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 08:24:36.28 ID:Fd+75hm5
ちょっとうさんくせぇ
秀吉は結局、貧しい農家の出じゃなくって
織田家に代々と足軽出してた名家って説が強いんじゃなかった?

935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 08:32:04.51 ID:PCnNMvEP
百姓は百姓でもある程度は安定した身分なんじゃないかって言われてるな。

936 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 08:39:07.95 ID:ShZ75Z1+
足軽の名家って矛盾してないか?w

937 名前: 忍法帖【Lv=15,xxxPT】 [sage] 投稿日:2011/04/29(金) 08:39:29.88 ID:hVnQtjYj
つか、完璧に百姓の嫁だった姉ちゃんの朝日姫もちゃんと引き立ててるからね。
遠縁の親族とかならまだしもその時点で今更兄弟が新しく出てくるってのはどう考えてもおかしい。

938 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 09:19:56.37 ID:WiHL9vWD
>>933
兄弟は兄弟でも実は異母弟だったとか。

大政所の親戚は遠縁でも清正や正則のように取り立てられたのに
父親の親戚が取り立てられた話は聞かない。

939 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 09:26:26.80 ID:dKG3VviG
大政所の身持ちが悪い話ですね

940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 12:25:12.78 ID:Of0rP+7R
普通に騙りを取り締まった話に思える

941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 12:45:41.50 ID:MKvQY5RL
>>934
名家ならもっと一族郎党いるだろうに

942 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 13:00:11.13 ID:iwPE9pse
>>940の言うとおりだな
本当に血縁を隠すつもりなら、さらし者にして公開したりしない
第三者に殺害させて転がせば隠蔽終了なんだから
フロイスの日本史は本人の体験談以外は流言飛語集だと思うし

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 13:29:55.53 ID:AJYDvRWF
とある人間が一躍有名になり、知らない親戚や友達が増えたって言ってるのと同じなんだろ。

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 15:42:09.22 ID:htKfTGSP
百姓の名家つっても別に普通に存在するだろ。
武士だってそこから生えてきた連中も多量に含んでるし。

945 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/04/29(金) 16:09:34.27 ID:Fn0O6ZbT
武士なんて最初は自分の土地を他人に取られない
ように武装した農民だし
だから土地には愛着がある

946 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 16:27:38.21 ID:p7KVeb0e
>>945
> 武士なんて最初は自分の土地を他人に取られない
> ように武装した農民だし

それは間違い。武士は元々、朝廷の武官、軍事機構の職員だったのが在地化した物。
武士の「在地化」というのは案外遅く、鎌倉時代中~末期だったとされる。

現代社会で市民が武器をとったところで、それが軍隊にはならないのと同じように、
農民が武器を持ったところで、「武士」にはならんのだ。

947 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:08:41.32 ID:6S7LDyF3
支配階級としての武士じゃなくて単に武装戦闘者である侍のことだろう
朗党とか家の子、いわゆる地侍と形容される階層は武装した農民が元なんじゃないの

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:10:08.04 ID:UbeuMuZj
ちなみにフロイス『日本史』のどこに載ってるの?秀吉が賤しいだの
不品行だのは散々見たけど、それは見逃してたかな?

949 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:29:43.21 ID:wFm5oINr
>>946

>それは間違い。武士は元々、朝廷の武官、軍事機構の職員だったのが在地化した物。

そういう例があったかもしれんが、普通は逆だろ
荘園とかを中央の大貴族に寄進して後ろ盾になってもらい
税金免除してもらって、そのつながりで護衛として序々に中央進出

一般論だと平安時代が武士の起源

950 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:38:34.40 ID:xbITXqQX
>>949
普通は逆じゃね?
中央から派遣された武装荘園管理人が武士の起源だろ

951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:40:30.61 ID:UbeuMuZj
>>949
>>950
それぞれの具体例を挙げれば済むのでは?

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 17:40:46.31 ID:ShZ75Z1+
946はそう言う見方もあるという程度で流しておくと吉

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 18:18:15.30 ID:dKG3VviG
>>952の言う通り。
>>946は典型的な『武士=軍事貴族説』。
この派閥に属さない学者からは、揶揄して『武士=職能殺人者説』と呼ばれる。
典型的には野口実、高橋昌明。

職能武士論者に言わせれば、昔ながらの『武士=武装農場主説』や、大御所五味文彦の『二つの武士論』は、
「高橋昌明らによって30年以上前に完全に論破された!!」ということだが、
はっきり言って一部のお仲間以外にはあまり受け入れられてないw

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 19:28:04.26 ID:p4PkqQie
しいていうなら「双方向からの武士化への動きがあった」というところじゃね

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 20:09:13.48 ID:htKfTGSP
>>950
京都から何万人下向して来たんだよw

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:18:25.44 ID:3FCnEGQj
>>954
そういう事だね
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    軍事貴族が在地化したか、豪農が武装化したか…

    実際のところは「両方とも正解」なんだろうね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    豪農というか、古代の在地豪族の末裔が相当武士に混じっているという説もありますね。
    彼らは大和朝廷によって置かれた役所の下級官人として出仕したり、郡司に任ぜられたりしていましたし。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    在地豪族の一族が新しく土地を開墾して、そこの領主となった例もあるよね。
    自ら開墾を指揮しているんだから、豪農を兼任してたと言っても良いんじゃないかな。

  4. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

     在地の侍が家の由来を権威づけるために桓武平氏や清和源氏の末裔を称したパターンも、都から正直に下向した武士が在地の侍と婚姻関係で結び付いて勢力を確立・土着化したケースも当然にあるだろからねえ……

  5. 人間七七四年 | URL | -

    本当に秀吉の兄弟だったっていうのなら、
    長浜貰ったあたりで名乗り出てくるだろ。
    秀吉自身も数少ない身内を必死で雇用してるし。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉の父ちゃん系の親族はあんまり聞かないよな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    この話、まだ出て無かったのですね?
    自分が聞いた時には、ちゃんと「その様な者は知らないと」母親が否定した話
    でしたね。この話自体はフロイスの文献にしか無かった筈です。

    もし本当に、当時何かしらの出来事が有ったとしても「どうせ秀吉だから他に
    身内がいきなり出て来ても問題が無いだろう」と言う魂胆で取入ろうとしたん
    だろう。そして、この出来事自体を「秀吉が母親に確認しなければならなかった」。自分の出自が改めて足軽・農家の出身であるという証拠ってのが、許せなかったのでしょうね。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    なぜ両立して問題ない説を片方だけ主張しようとするのか
    政治にしろ学問にしろ仕事にしろ、紛糾する議論の5割はそういう話のような気がする

  9. 人間七七四年 | URL | -

    こんなことを言うとお叱りを受けるだろうだけど、学会に関しては、こういうのが紛糾するのは椅子取りゲームの一環だからでもある。片方の説で支持者を集めると、その派閥で学会を押さえて重鎮や大御所になれるし、有名大学に移るチャンスも出てくる。折衷しちゃうと「どっちも正解だから」と両説が並立してるので、こういう少ない椅子を争う人間が増えてしまう。

  10. 三 | URL | -

    源氏も平氏も常陸国とかに土着し開墾した貴族。
    その血筋は貴種と呼ばれて尊ばれた。
    何百年もたてば土着した氏族も何百何千になる。
    鎌倉時代あたりまではそういう血族のみで武士団を形成したけど、
    土地をめぐる争いにそれだけではやっていけなくなり、
    地縁集団を形成するようになる。
    武士=武装貴族は初期においては正解。

    戦国時代頃には農民(正確には土地持ち農民)=武士。
    土地を持っている農民は守るべきものがあるので庇護を受けようと被官化してる。いっぽう土地をもたない貧農は流民化するので、耕作者がいなくなると困る領主はお互い防止しようとした。(秋田藩家蔵文書に佐竹領から那須領に逃げる農民を帰して欲しいという文書がある)

    秀吉の父は土地持ち農民だから豪農であり、
    年貢を納める義務のほかに兵士として出仕する義務もあったと思われる。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >>948
    今手元にないからページ数は確認できないが、秀吉編1にあったと思う

    しかしこの話まだ紹介されてなかったんだな
    フロイス日本史の伝聞記述は流言飛語の類だと自分も思うが、逆にキリシタン的要素を取っ払って見ると当時の世情が伺えて結構面白い
    秀吉のことも散々に言いながらけなしきれてなかったり、アメとムチの使い方の片鱗が見えたり

  12. 人間七七四年 | URL | -

    朱元璋も同じような事やってるし、可能性はあるな

    ※11
    宗教上の理由で迫害や好色を非難してる以外は公平だよ。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    公平かどうかというより、フロイス自身が体験した話はともかく、伝聞した事柄の裏をとったりとか彼にはできないだろうから、それをそのまま書いてりゃ流言飛語だよ。
    資料としては使い道次第で一級品。

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