FC2ブログ

戦国ちょっと毛深井伊話

2011年05月22日 00:02

734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/21(土) 07:56:21.35 ID:l/tBddA+
司馬遼の街道をゆく(近江散歩)より抜粋。

「…家綱が将軍になったとき、将軍の代がわりごとに聘せられる恒例の朝鮮通信使がこのときもやってきて、
江戸城で家綱と会見した。
家綱のまわりには、四人の重臣(井伊直孝、保科正之、酒井忠清、酒井忠勝)がいた。
この光景について、通信使の随員のひとりである南竜翼が『壷谷扶桑録』という紀行文を書いている。
いま身辺をさがしてもこの本を見つけようとおもったが、見あたらないので、以下『彦根市史』上冊から孫引きする。


 直孝、状貌豊偉、臂(二の腕)に遍く毛を生ず、深く多知を見る。
執政中、最も驚なるものなり。年七十二、而して兵権最も重し。」

戦国ちょっと毛深井伊話でした。




スポンサーサイト





コメント

  1. 名無しさゃん | URL | -

    臂は一の腕、二の腕なんだが、直孝はどんな格好をしてたんだろうか。
    そしてそれがもっとも驚なるものって、どんだけ毛深かったんだろw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    米1
    いや、驚なるものってのはその多知がってことだろw
    びっくり人間ショーじゃないんだからw

    和服は袖が開いているから挙動によっては腕も見えたんだろう。

  3. 人間七七四年 | URL | 0Q3WCu86

    遍くって、内側にも生えてたのか?
    それはたしかに驚くわw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ひこにゃんは猫だから、身体中毛むくじゃらだったんだよ!
    ただ何となく、美男のぱぱにゃん(直政)は毛深くなかったことを祈りたい。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    猫だから、そら生えてるわなw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >4さん
    しかし、当時の美男の条件が何であるかにも依るかもですよ?

  7. 化け猫 | URL | -

    ※6殿
    日本の美男子は、昔から美女のように見えると形容されているから、今とあんまり変わらないのではないかと。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/5434-efa88f08
この記事へのトラックバック