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川越城水源の事

2011年05月24日 01:11

761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 18:29:48.80 ID:QLWEygVY
太田道真・資長(道灌)の父子が川越城を築城するときの事
城の堀へ張る水をどこから引いてこようかと毎日踏査していたのだが、これという水源は見つからず困っていた。

ある朝、道灌が何げなく初雁の杉のあたりを通ると井水に足を浸して洗っている一人の老人に出会った。
見ればそこにはこんこんと湧き出る泉が・・・

これに道灌は大いに喜び、これはまさしく日ごろ信仰している天神の御加護であったかと改めて感謝したのだった。
しばらくしてその老人の所に向かい、この地に城を築く決意を告げ、水源となっている場所を尋ねた。
すると老人は快く承諾し、さっそく道灌を水源へ案内してくれた。
行く行く着いていくとそこは満々と水を湛えた底知れぬ深さの水源地が現れた。

道灌は手を打って喜び、老人の好意に対して心からお礼の言葉を述べ再会を約束して別れたのであった。
こうして謀らずも問題を解決できた道灌はこの地に難攻不落の川越城を完成させたのである。

さて、かの老人とは再会の折もなく時が過ぎ去っていった。
だが、かつて井水で足を洗っていたときの姿が気品にあふれていたので、
あれぞ紛れもない三芳野天神の化身であると納得したのであった。
以来この井水を天神御洗(てんじんみたらし)の井水と名づけて大事にし、神慮に応えたと言う。
そして道灌はますます敬神の念を深くし、有名な川越城内で連歌の会を催して千句を天神に奉詠したのであった。

なお、この水源地は川越城内清水御門のあたりとも、または八幡曲輪とも三芳野天神社付近とも言い伝えられている。




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    当時は天神=菅原道真公とは限らなかったって事?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    その後河越城の水源では恨めしそうにこちらを見ながら足を洗う老人の怨霊が…

    とならなくてホントによかった。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >老人とは再会の折もなく時が過ぎ去っていった。
    ただこのご老人が亡くなられただけなんじゃ・・・。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    地元だけどそもそも水堀なんてあったっけ……
    北~東側はもともと低湿地+川で西側は空堀だった気が。南側は崖。
    飲料水引っ張ってくるならわかるけど。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    天神御洗(てんじんみたらし)ってひらがなだけ読んだら天神様のみたらし団子かと思った。もちろんそんなものなくて近所の天満宮は雷おこしと飛梅ですが。

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