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本多忠朝、神となる

2011年06月13日 00:01

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/12(日) 20:13:49.54 ID:5BMuyxCm
便乗して神様ネタ(?)

本多出雲守忠朝は平八郎忠勝の次男であり、父に従って参戦した関が原の戦いでは『島津の退き口』に遭遇して、
太刀が曲がって鞘に収まらなくなるほどに奮戦し、「行く末、父親に劣るまい」と絶賛された。

しかし、大坂冬の陣において配置換えの申し出、あるいは深酒による不覚によって大御所家康に「父に似ぬ子息よ!」
と叱責を受けた忠朝は、続く夏の陣において「討ち死にして汚名を返上せん」と覚悟を決めた。
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-1151.html

天王寺口で毛利勝永隊が、松平忠直・真田信吉・秋田実季ら相備えの隊を蹴散らし突き進む中、忠朝は
「本多出雲守、これにあり。返せ戻せや!」と吠えながら八尺余の鉄棒を振り回し、勝永隊に突っ込んだ。

良き敵ぞ、とばかりに向かって来た騎馬武者二人を馬ごと鉄棒で叩き潰した忠朝は、さらに五、六騎を打ち殺して
その手槍を奪うと、鉄棒と槍でもって敵中を縦横無尽に暴れ狂った。かなわぬと見た勝永隊の中から、
紺地の陣羽織をまとった武者が十匁筒(約18mm口径の大型銃。普通は二~六匁)を持ち込み、忠朝を狙撃した。

弾丸はあやたまず忠朝をブチ抜き、その胴から血煙が上った。が、忠朝は少しもひるまず馬から飛び下りると
太刀を抜き、狙撃した武者の首を斬り飛ばすと再び馬に乗り、さらに鉄棒と太刀を振り回しまくった。

ようやく勝永隊が大坂城内に引き上げたころには、忠朝は二十余の傷を負い、ついに地面に倒れ伏した。
一命を賭して汚名返上した忠朝を、賞賛せぬ者はなかったが、忠朝は
「戒めるべきは酒である。今後、わが墓に詣でる者は必ず酒嫌いとなるべし。」
と、無念の言葉を吐いて息を引き取ったという。

その後、忠朝は酒封じの神様として崇められ、大阪一心寺にある彼の墓には、今も禁酒を誓うノンベエが訪れる。
ttp://www.isshinji.or.jp/event_honda.html
(増補難波戦記及び一心寺寺伝より)

命と引き換えに名誉を回復して神にまで上った話・・・
ではあるが、そんな親父とか古の坂東武者みたいなマネ出来るなら最初からやれ、と思わんでもないのでこちらに。





620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/12(日) 21:01:38.96 ID:axYSqfbc
親父に批判されながらあれほど槍術の鍛錬積んでたのに
いざ戦闘では鉄棒がメインウェポンなんですか。

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/12(日) 21:11:01.55 ID:6UftsQfM
>>620
槍だと上手すぎて討ち死にすること無くうっかり生き残ってしまうと考えたのかも。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    このしゃもじ「毎晩2合飲んだら止められますように」とか、
    都合の良いお願いもあって楽しいよね。
    忠朝さんも困るやろ…と。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    何この歪み無い忠勝DNA

  3. 人間七七四年 | URL | -

    市松「毎晩2合飲んだら止められますように」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>622がありそうで困るわ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    忠勝なら、傷を負うようなヘマはしない。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    槍は深く刺さると奪われる可能性があるから、
    当たるを幸いと振り回して殴り殺せる鉄棍のほうが有効と思ったのかもしれない。
    しかし乱戦の中に身を置くということだから、つくづく生きて帰る気はなかったんだろうな。

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