FC2ブログ

津軽為信、独立の狼煙

2011年06月17日 00:00

677 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/06/16(木) 02:23:10.87 ID:xWUDlpQm
南部からの独立を決意した津軽為信は、南部家当主の信直の実父で、津軽地方を治めていた南部高信の討伐を計画。

「私が大浦(青森県弘前市)を治められるのも高信殿の仁愛のお陰です。」

と高信をおだてつつ、その居城である石川城近くにあった自身の城である堀越城の改修を願い出た。
高信の許可を得た為信は、土石に見せかけて兵糧や武器を運び入れると共に、人夫を装わせて兵を集め、改修が終わると
高信の重臣3人を大浦城に招いて歓待し、家臣の板垣兵部を見送りに付けて帰した。

そしてその夜、そのまま堀越城に入っていた板垣を先手として石川城を急襲。油断していた高信を自刃に追い込んだという。
こうして為信は独立の狼煙を上げると共に南部との血で血を洗う抗争を開始したのである。

以上、「津軽一統志」より為信22歳頃の話である。




678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/16(木) 04:21:32.73 ID:arXvdHTf
石川を落とす時は、罪人を使って城下でえげつないことをさせたものな

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/16(木) 22:08:03.89 ID:qBl/gPFI
>>678
あれは本当に後味の悪い話だった
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    678の逸話はありませんか?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    > 1
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2433.html
    多分これですな。

    さー、仕事しよう・・・

  3. 人間七七四年 | URL | -

    独立って言うよりは、同族同士の潰し合いって感じですよねぇ。
    結局、真に独立を勝ち取るのは小田原参陣からだし。
    まぁ何時の時代でも、権力者への接待・贈り物作戦は有効って事かw

  4. 1 | URL | -

    >>2
    ありがとう!今から読みます。

  5. 1 | URL | -

    ひどい話しだった…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まとめ管理人様。

    5行目と6行目の高信が高直になっています。

    しかし南部家と津軽家は両家が生き残ってしまったために、
    複雑怪奇ですね。
    落城したのは高信の子の石川政信(信直弟)の代だったとか、
    政信は存在しないとか。

  7. まとめ管理人 | URL | wZ.hFnaU

    ※6
    ご指摘ありがとうございます。直しておきましたー

  8. 人間七七四年 | URL | /gBLyVR.

    >678
    あの逸話は今読んでも胸糞悪くなるんだよな・・・

  9. 人間七七四年 | URL | -

    こんな事して、後の統治に影響しないのかな?
    普通は怨まれて一揆起こされたり、離散すると思うのだけど。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    俺も※9と同じ事思った
    実際、戦後はどうだったんだろか?

  11. 人間七七四年 | URL | -

    そんな胸くそ悪い逸話を残す津軽の髭殿には、こんな良い話もあるのだった。
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5452.html
    悪い話というと、これもある意味すごいが。
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3160.html

    ……同一人物には、とうてい思えないww
    残っている記録(南部側と津軽側で食い違う)のせいもあるだろうが、いい話と悪い話の落差が凄まじいのが、この地域が気になっちゃう理由の一つである。
    しかし髭殿の場合は、落差が他の人の比じゃない気がする。何故だ……

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/5509-11cf02fc
この記事へのトラックバック