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こまつ姫とかぐやご飯

2011年06月26日 23:13

小松姫   
362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 00:46:44.61 ID:k9duF8mx
本多忠勝が大多喜城主であった頃の話。

彼には「こまつ」という姫があり、忠勝は彼女を大変可愛がっていた。
姫は大変利発で、周りからもたいそう可愛がられすくすくと育ち、いつの頃からか剣術にも熱中し、
城の庭からは「えーい!」「やあー!」というような可愛い声が聞こえてきて、大多喜の人々は
それをとても微笑ましく思い、いつも姫のことを話題にしていたそうだ。
そんなある日のこと

姫が城下に遊びに出かけ、あぜ道を歩いていると突然、叫び声が上がった

「狂いシシだー!!」

なんと、巨大な猪が猛然と駆けてきたのだ。
人々は慌てて逃げ出す。ところが猪の走ってくる方向の畦に、赤ん坊の入った竹籠が!

「誰か、子供を!子供を!」

母親が叫ぶ。迫る猪。と、その時である!

姫はとっさに赤ん坊をだきかかえ母親に渡す。そして振り向きざま、迫ってきた猪に

『ガッ』

一閃!猪に一太刀を浴びせる!

大猪は叫び声を上げ竹やぶへと逃げた。姫、さらにこれを追いかけ竹やぶに入り猟師の仕掛けた
猪罠の方向にこれを追い込み、見事捕らえた。
そして姫は人々に

「これで大丈夫。もう心配しなくていいよ。」

と、声をかけた。
この時竹やぶ越しに陽の光が姫にそそぎ、キラキラと輝いているように見え

「なんときれいなんだ。輝くように美しいとはまさにこのことだ。」

と、城下の人々は感嘆し、彼らはこの日から、姫のことを「かがやく姫様」と呼ぶようになり、やがて言葉が縮み
「かぐや姫」となった。

このような事もあり、姫は城下の人々から大変慕われ、彼女が信州上田の真田信幸との結婚が決まり
大多喜を離れる時には、城下の人々皆が見送ったという。

そして、姫が去った大多喜では、この姫様のことを忘れないよう、筍をつかった炊き込みご飯を「かぐやご飯」と
呼ぶようになった、と云う。

大多喜に伝わる、『こまつ姫とかぐやご飯』というお話。

(浅井清恵 ふるさと民話さんぽ「広報おおたきNo.427」より)




364 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:09:16.55 ID:htS1QpnD
>この時竹やぶ越しに陽の光が姫にそそぎ、キラキラと輝いているように見え

こまつ姫についたあだ名が真田家繋がりで小松明・・・な訳ネーか

365 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:11:34.46 ID:MSxHVO8u
我が家から光が消えた、と信之が嘆いたとされる話は
小松明のような恐ろしい存在がいなくなった、という意味だったのか

366 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:47:41.54 ID:gyuGdQe1
民明ネタかと思った

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 08:08:46.59 ID:legXsIAX
ごめんなさい、「かがやく姫様」と書かれているにもかかわらず
『こまつ姫とかやくご飯』に空目してしまいました・・・

368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 09:06:49.73 ID:yxoy3sXT
早く朝御飯食べちゃえよw
お腹すいてんだろ

375 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2011/06/26(日) 23:01:03.13 ID:9WF9L7wJ
>>362
真田昌幸「本多家に謀られたかぁ!」
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | mzMb781o

    本多忠勝の大多喜移封は1590年で、小松姫の真田家婚家はそれよりは早いと思われる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    民話に対して野暮だぜ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    人様のコメントに対して野暮だぜ

  4. 人間七七四年 | URL | KAms/y7Q

    小松さんが信幸に嫁いだ時期は厳密には不明。
    第一次上田合戦が1585年、夫妻の第一子である嫡男信政の誕生が1597年だから、
    少なくともこの12年間の内のいつかであることは確かですが、
    しかし本多家が大多喜に入った1590年以前であるか否かは判りません。

    民話が実は歴史的事実を伝えてる事例も少なからずありますから、
    正確な結婚時期に関する物的証拠が無い現状では、一概に否定はできないと思います。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    いままで小松さんは、アジャコングみたいなとんでもない人だと思ってたけど、
    実はクラスに一人はいるような、かわいい上にスポーツ万能で爽やかな女の子だったのかもね

    あれ、こんな時間にNHKの勧誘かな…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    俺は大河ドラマで義姫が猪を撃ち殺したところを
    思い出したよ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    上州沼田領主の信之に、家康家臣の娘が嫁ぐなら、
    北条敗北、沼田が真田領に決定、
    家康関東入り、
    忠勝大多喜入り、
    の後になるとするのが順当な推測では?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    俺は、大河ドラマで徳川吉宗(西田敏行)が、イノシシを叩き殺したところを思い出したよ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    猪に切り掛るなんて凄い事だよ!この姫、やはり只物では無い!!w

  10. 人間七七四年 | URL | -

    乙事主ともののけ姫

  11. 人間七七四年 | URL | -

    「ところで、嫁が腰元たち指揮して、猪解体して、干し肉作ってんだけど…」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    小松「どりゃ!!」
    猪「げぴ!!」
    その時、小松の前で猪は死を恐怖した

  13. 人間七七四年 | URL | -

    輿入れ前日に体調不良起こして延期になっちゃう乙女マインドだったり
    各方面にたびたび「ダンナと倅をよろしく」と挨拶状送るすてきな奥さんなのに…w

  14. 人間七七四年 | URL | -

    やっぱ小松さんは好みのタイプだわ……

  15. 猪プレイされた信之お兄ちゃんの寿命、十分の一になっちゃったもんな……

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ところで、刀は袴に差していたのか、伴の者に持たせていたのか、近くの侍から奪いとったのか。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    最近は小松関連の逸話に沸いてた荒らしがこなくて快適
    所詮このまとめの話は逸話なのに、なんであの荒らしは小松の話ばっかりに噛み付いてたんだか

  18. 人間七七四年 | URL | -

    >17
    一々と、そう言う奴に反応するのも荒らしと同義だよ。
    気になるなら、管理人さんへそっとメールしようや。
    ここはあくまでも「逸話のまとめサイト」さんだ。
    他人の悪口や愚痴を書く場所では無い。

  19. 名無し@まとめいと | URL | -

    米5
    >アジャコングみたいなとんでもない人

    亀レスだけど、殿といっしょではジャガー横田みたいだけどなw

  20. 人間七七四年 | URL | -

     今昔か宇治拾遺か忘れたけど、尾張の国の某郡司の嫁がもの凄い美人で、家内は巧みに切り盛りするし、旦那の服なんか糸の染色から仕立てまでこなせるパーフェクト嫁で、と言う説話があった。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    そうだな本来はまだ生きていただろうに…

  22. 人間七七四年 | URL | -

    信之さんと小松さんが主役の大河ドラマを作ればかなりおもしろい物ができそうな予感。

  23. 人間七七四年 | URL | -

    可愛くて強いとか最高じゃないか。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    小松姫こそ最近の女性ウケを狙った大河にうってつけの人材だと思うが
    豪気すぎてダメなのかなw

  25. 人間七七四年 | URL | -

    ※24
    小松姫を演じる役者が思い当たらないでござる

  26. 人間七七四年 | URL | -

    ※20今昔物語本朝世俗部第23巻第18話らしい
    しかし、肝心の、夫の着物を奪った上司を二本の指だけでひきずったとか、
    荷物を積んだ船を岸に数mひきあげた、という力持ちの話が抜けているが

  27. 人間七七四年 | URL | -

    ※26殿
    ご指摘、多謝。

  28. 人間七七四年 | URL | SFo5/nok

    この話を、まともに信じている人は、本多氏の家系図を知らないんだね。忠勝系本多氏は、家康の血筋との婚姻関係が強いから、家康血筋の国姫や勝姫を差し置いて、忠勝の妾の娘が、ちやほやされるはずないんだよ。

  29. 人間七七四年 | URL | SFo5/nok

    信之と小松の第一子が、1591年に誕生しているけど、話自体は明治以降の創作だと思う。
    幕末の本多宗家は、国姫嫁ぎ先の有馬氏から来た養子が当主だったから、本多氏は小松より、国姫を持ち上げていたはずなんだよ。
    周知の通り、明治政府は徳川を朝敵にしていたから、この話は本多氏が、徳川と縁を切ったことを、アピールするために、創作されたのだと思う。

  30. 人間七七四年 | URL | -

    小松は忠勝の娘じゃなくて、家康の養女だろ。神君の娘だ。徳川の養女である小松持ち上げても、徳川と縁が切れたことにならないじゃんw
    民話が本当だったと断言するつもりはないが、明治以降の創作っていうのなら根拠いるだろ。
    ついでに言わせてもらうが、本多宗家の幕末の当主は小諸の牧野家からの養子なんだが。その人も養子もらっているけど本多家からもらっている。
    有馬ってどこから出てきた?そっちこそ家系図本当に知ってるの?


    だいたい大多喜の民話なんだから(本家の言い伝えでもない)、大多喜で暮らしたことのない国姫の話題なんて出るはずないじゃん。

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