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土浦落城

2011年07月12日 23:20

983 名前:1/2[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:12:27.13 ID:QvufKzfG
天正2年(1574)1月、小田氏治らが籠る土浦城に、車丹波守忠次、梶原景国、北條治高ら佐竹勢にとる攻撃が始まる。
土浦城南ノ手を任されていた江戸崎監物の寝返りにより多くの兵が逃亡、さらに有力武将である海上主馬五郎武経が
討ち死にするなど、小田方は一気に劣勢となる。

2月27日、西ノ木戸を守る菅谷正光は、氏治の嫡男・彦太郎守治、そして沼尻又五郎とともにわずか200騎ほどで
佐竹勢1500の中に斬り込み大いに打ち崩したが、佐竹はこの頃まだ常総には広まっていなかった鉄砲で攻撃、
雨の降るように撃ち出し、小田軍の端武者の中には「これは人間のなす事では無い!天魔の仕業だ!」と驚き
逃げ落ちるものも多くあった。

帰城した菅谷正光、小田守治、沼尻又五郎は氏治の御前に出、こう申し上げた。

「今や味方の兵は多くが討ち死にし、あるいは負傷しました。もはやこの城を保つことは、大変困難です。
これは氏治様の運の尽きというものなのでしょう。その御名を辱めぬ為にも、ここで御自害あるべきです。」

と、ここに現れたのが、同じく敵を追い払い帰城した野中瀬鈍斉沼尻播摩守である。
野中瀬は怒鳴る

「これは口惜しき次第である!小田殿がこんな所で、闇々と自害していいはずがない!
幸いにも私は氏治様と同年であり、佐竹勢に顔を知られていません。
ここは私が殿に入れ替わって自害し、敵を欺きましょう!」

沼尻播摩守はこれを聞いて感じ入り

「よくぞ申した野中瀬殿!それがしは御嫡男守治と名乗り討ち死にしましょう!さあ、殿と守治様は
早々にお逃げください!良将たる者は千騎が一騎となっても生き延びて、会稽の恥を雪ぐのを本意とするものです。
私には息子の又五郎がありますので、心やすく御先途を見届けることが出来ます!」

と、早くも守治の具足を脱がせようとし、また野中瀬も装束を氏治のものと取り替えようとした。
しかし小田親子は二人とも涙を流し

「お前たちの死なせてまで、自分の命が助かったところでどうするというのか!お前たちと死を共にする!」

そう言って承知しようとしない。これに野中瀬、沼尻は大いに腹を立て

「さても言い甲斐のない事でしょうか!我ら両人の忠死を意味のないことにする事こそ、恨みに思います!
我々の願いが叶わないのなら、我ら二人はここで刺し違えて死にましょう!
それを犬死とお考えに成るのなら、ここはどうか、聞き分けてください。
伝え聞くところによれば平知宗は対馬に落ちて平家の残党狩りの難を避け、源義経は奥州衣川の館において
自害したと見せかけ、蝦夷に退いたそうです。古今の名将にも例のあることで、決して恥ではありません!」

984 名前:2/2[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:12:51.28 ID:QvufKzfG
この説得に、氏治親子ももはや詮方なく、、彼ら両人の方策に任せた。
ところが今度は、沼尻播摩守の嫡男、又五郎がこう抗議した

「私には父上の最期を見捨てることなど出来ません!共に討ち死にいたします!」

沼尻播摩守は目を怒らせて叱りつける

「ああ、お前は日本一の不覚者だ!死ぬのも忠なら脱出するのも忠義だ!
私が死ぬのはな、お前が世間に通用する男に成長したと見込んだためだ。
後の守りも安心出来る故に、ここで討ち死にし敵を欺くことが出来るのだ。
もし私の言葉に背くのなら、お前は永遠に勘当する!」

又五郎は地に伏せ、むせび泣きながら父に詫び、氏治親子を守りと共に城を落ちることを約束した。

枯れ草を集め城に火をかける。
そして氏治、守治はそれぞれに分かれて城より落ちる。
沼尻播摩守はそれを助けるため自分を守治と名乗り、菅谷左ヱ門尉正光らと共に城より討って出る。
野中瀬鈍斉は櫓より大音声で

「ここにあるは清和天皇十二代六条判官為義が三男新宮十郎蔵人行家の子息八田武者所右衛門尉朝家には
八十五代小田讃岐守氏治入道天庵である!
武運尽きて今自害いたす!人手に掛かり犬死して、後世人の嘲りを受けてはならない!
我が首をとって高名をいたせ!」

と火に包まれた城内で十文字に腹を斬って果てた。沼尻播摩守もまた、散々に暴れまわり佐竹勢の多くを倒し、
やがて猛火の中に入り自害した。
佐竹陣に切り込んだ菅谷左ヱ門尉正光、由良信濃守成繁、岡見中務少輔宗治、沼尻又五郎家忠、片岡、中野、中村、小野、小造、星宮、
雨宮、天野、吉原、木村、石堂等の十六騎は、その生死すら知れず、という。

首実検の際、双方共に姿年齢が近しく、また首も焼けていたため、佐竹はこれを氏治親子の首と信じた。
これにより氏治親子は無事、片岡治部左ヱ門の中館城に落ち行きた。

土浦落城についての逸話である。




985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:20:05.98 ID:vG2Q8YKd
由良成繁……?

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:22:44.69 ID:NgizOAj5
>>983
>良将たる者は千騎が一騎となっても生き延びて、会稽の恥を雪ぐのを本意とするものです。

天庵様はまさに良将中の良将

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 20:56:08.04 ID:aJ0i/sNY
早く逃げてくれよw

988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 21:32:39.40 ID:g3vN+9b/
由良成繁のお化けでも出たのか?

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 21:46:14.75 ID:80pQY3oH
同姓同名だよきっと

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:59:39.04 ID:RBSalYw0
>>983-984
これだけ地の利、人の和があって
天の時もそんなにないわけじゃないのに
負けを重ねた天庵様の才能が怖い

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 00:21:33.67 ID:wQxFR99D
菅谷正光「気付いたら城に残る方になってた件」

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 02:23:12.49 ID:LrlZpw0b
天庵様はもう天命としか

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 02:28:49.77 ID:UmlrcuFz
ここで俺も死ぬ!と言えるのが天庵様のいいところ

996 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/13(水) 09:05:15.87 ID:YQAP3Kcg
この種の名分論を振り回して説得する逸話は思い切り漢学の影響だな。

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 12:30:17.68 ID:E5dMtRSY
三河武士の場合、言い争いで脱出できなそうだな

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 13:30:00.86 ID:0UsNduM9
まぁ、三河武士の場合、いざとなったら、まどろっこしい説得なんかせずに強引に殿サンのケツを蹴り上げて逃がすだろうから、少なくとも大将は生き残るよね。
あとは誰が代わりに死ぬかだけどw

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/13(水) 13:37:30.06 ID:euMxNlHc
天庵様は家臣にも民にも慕われる名君なのに軍略を誰かに任せる分別があればなあ
なんで戦場ではひたすら匹夫の勇なんだ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | 73DAy5m2

    >ここにあるは清和天皇十二代六条判官為義が三男新宮十郎蔵人行家の子息八田武者所右衛門尉朝家には
    八十五代小田讃岐守氏治入道天庵である!

    なげーよw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    言ってる最中に流れ矢に当たったりしちゃったら最高にかっこ悪いな

  3. 人間七七四年 | URL | KAms/y7Q

    名乗りを挙げてる最中の敵を攻撃してはいけない
    武士の世の始まりから現代の日曜朝に至るまで受け継がれる日本の美学である

  4. 人間七七四年 | URL | 73DAy5m2

    元寇の時は名乗ってる最中に攻撃されたんでっしたっけね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    壮絶過ぎる……
    天庵様、どんだけ慕われる主君だったんだ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    素直に良い話だなぁ
    それにしても天庵様の首を手土産に寝返ろうってならんのは家臣に恵まれてるのか人柄なのか…

    こういう名乗りって読み手への人物紹介として、後世に付け加えられる伝統的文章表現って場合も多いと思うんだよね…マンガの説明台詞みたいな
    死に臨んでなお受け継がれた血を背負い誇り高くあろうって覚悟が表れていてかっこいいし
    この場合は身代わりとして死ぬからには主君に恥をかかせないという忠義も感じられるね

    名乗りの話になると、たいてい元寇を持ち出してくさすヤツが出てくるが、名乗り上げるような武士の奮戦もあって追い返したんだから、そうそうバカにしたもんじゃないと思うけどね

  7. 人間七七四年 | URL | -

    落城寸前でも、小田家忠勇家臣団テンショ高いな。

  8. 名無しさん | URL | 0Q3WCu86

    雑兵に手を出させないためってのもあると思う。
    たしか某武術家が喧嘩の助太刀頼まれたとき、
    「我こそは何々流誰々門下何某である。彼に遺恨無き者は私がまとめて相手をする」
    と名乗りを上げて六尺棒を振り回してみせ、相手方の助太刀を封じたって話がある。
    昭和でこれなら、中世にはかなり効果があったんじゃないか。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    いざという時の為に、主君の名乗りも覚えとく必要があるのね

  10. 人間七七四年 | URL | -

    この名乗りを上げてる最中に、途中噛んだり台詞忘れたりしたら最高にダサイなw
    にしても、個人的に守治に武の逸話が有った事に驚いたw

  11. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    なんで例えが、復興できなかった知宗や義経なんだw

  12. 人間七七四年 | URL | -

    「これは人間のなす事では無い!天庵の仕業だ!」

    に見えてドキドキした

  13. 人間七七四年 | URL | -

    天庵さんて忠義有る良い家来に恵まれいるなあと思う。隣国には、防衛戦には強いけど家中は腹黒家臣だらけで大変な人も居るのにねえ。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    素直にイイハナシダナー

  15. 人間七七四年 | URL | q4bvZz1k

    ↓は関連の逸話かな
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4058.html
    そっちだと野「長」瀬 鈍「斎」だね

  16. 人間七七四年 | URL | -

    今高祖・天庵様に小田の三傑が加わっていたら・・・

    結末が悲しいなぁ

  17. 人間七七四年 | URL | -

    よくある「遠からんものは音に聞け。近きものは目にも見よ。」のくだりが無いな。
    もっと名乗りが長くなってカオスなのに…

  18. 人間七七四年 | URL | 73DAy5m2

    天庵様は横浜の大ちゃんみたいな人だったんだろうな

  19. 人間七七四年 | URL | -

    誰もツッコンでないけど小田氏は源氏の末裔じゃないよ;;;
    系図はかなりかなり怪しいらしいから本人達も把握しとらんかったかもしれんが
    別に藤原氏でもいいじゃない;;

  20. 人間七七四年 | URL | -

    小田氏にも一応系図の異説はあるけど、それだと八田知家が源義朝の御落胤ってことになってる。
    新宮十郎の子というのは初めて見たなぁ。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    宇都宮氏一族のハズがいつの間にか義朝末裔、そして行家末裔に・・・
    安芸宍戸・福原など八田一族も源氏名乗ってたのか?

  22. 人間七七四年 | URL | XZ039GEA

    そういう名乗りに突っ込む無粋な逸話などは残っていないのだろうか。
    あと、信長配下の出自が農民からのしあがった武将の名乗りはどんなんだったんだろう。

  23. 人間七七四年 | URL | -

    家康「難しいけど源氏。詳しいことはメモ読んで。」
    秀吉「神の子にして天皇の御落胤、オレ」
    松前「武田源氏です!苗字は偉い人から貰ったよ!」
    秋田「蛮族っス」

    脇坂「北南それとも知らずこの糸のゆかりばかりの末の藤原」



    北條治高って、小田一族なのな。
    てっきり小田原からも天庵撲滅作戦の援軍出たのかと。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    松前だけは一応あっているのかな

  25. 人間七七四年 | URL | -

    新北海道史だと「蠣崎が若狭武田の末裔なんて作り話に決まってる」とばっさりで笑った。
    地元民だからもうちょっと贔屓してもよさそうなもんだが

  26. 人間七七四年 | URL | -

    秋田(安東)、容赦ないなww

  27. 人間七七四年 | URL | -

    元冦のあれは味方に手柄を示すためだろ。
    秋田は「名族」
    「決めつけられるものではないな。編纂してるのが馬の骨だと言うくらいしかわからん」

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