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わしが離島に流されておる世に、蜂須賀の家はなぜ

2011年08月29日 22:43

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 19:56:56.85 ID:J74Cp+SV
ある時、八丈島に江戸への廻船が漂着した。さっそく宇喜多秀家がやって来て、船頭に本土の事を聞いた。

「ほほう、江戸へ荷を運ぶ舟か!して、どこからの荷を運ぶのだね?」
「はい、阿波からの荷を運んでおります。」
「阿波か……今、阿波のご領主は、どなたかな?」
「松平阿波守様でございますね。」

秀家は、小首をかしげた。
「……?聞いた事のない家だ。徳川殿のご親戚か?」
「おや、ご存じない。なァに、蜂須賀様のことですよ。公方様から、松平姓を下賜されておいでです。」

ますます秀家は、首をひねった。
「わしが離島に流されておる世に、蜂須賀の家はなぜ今も存続している……?」(想古録より)


一方その頃、蜂須賀家政は伊達政宗に『阿波の古狸』と呼ばれていた。




583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:13:16.48 ID:N3FqdAgo
>ある時、八丈島に江戸への廻船が漂着した。さっそく宇喜多秀家がやって来て

また酒をせびりに行ったのかと思ったよw

584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:29:52.40 ID:G7S70noy
>>582
蜂須賀家と宇喜多家って何か確執あったっけ?

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:30:31.28 ID:q5Apfb6S
漂着した船に最初に近づくのは宇喜多秀家と決まっていたと想像させるなw

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:36:02.04 ID:EzRAhmuq
何も無くて暇なんだろうな…

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:36:37.99 ID:HzqxeYRg
>>584
「えっ、あのおっさん西軍やったやん?」くらいじゃねーかな?

589 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:55:35.78 ID:eG7S93P8
関ヶ原時は家政は高野山にひきこもり、息子の至鎮は東軍についたから
西軍じゃなくないか

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:56:32.12 ID:YhD5zXjH
>>582
そういや秀家が知ってるのは「湯漬け三杯食ったと思ったらいきなり領地返上して高野山に引きこもった」ところまでだったな。

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 20:58:32.01 ID:EzRAhmuq
>>589
西軍に攻められてあっさり城明け渡したから
事情詳しくない人には加担したと見られてもおかしくないかも

592 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:07:47.30 ID:CSlBG1Vt
しかも至鎮が率いていたのは、十数人程度の小勢じゃなかったっけ?

593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:22:08.48 ID:e96XCm4/
阿波国内は毛利氏の家臣団が占拠された上、家政自身は逼塞を余儀なくされたみたいだし、
蜂須賀家政が西軍という認識は秀家にはなかったと思うけど、おそらくは蜂須賀といえば正勝以来の
豊臣家にゆかりの深い家だっただけに、「あれ、取り潰されてないんだ」という違和感を持ったって話かな

594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:35:12.20 ID:YhD5zXjH
蜂須賀黒田浅野といえば、ちょっとでも胡散臭い大名には無理やり羽柴姓を名乗らせた秀吉から羽柴姓を押し付けられなかった譜代中の譜代だからな。
一方で揃って松平姓押し付けられてるけどw

595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:46:34.91 ID:N6m879jK
秀家が流刑になったの1606年だから知ってるでしょうよ

596 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:48:24.16 ID:eG7S93P8
福島正則の改易前なら、同じく家康の養女をもらっている
蜂須賀が取り潰されと思うのは変な気も
改易後なら・・・酒をせびる相手がいなくなったから、新しい標的にしようと思ったんだろうか

597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/29(月) 22:50:28.97 ID:q5Apfb6S
秀家「あれ?酒は?」  って話じゃないの?

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/30(火) 01:49:45.84 ID:oJQXviBU
羽柴姓受領と豊臣を名乗ることは
この時期どの位の価値があったのかよくわからん
豊臣朝臣清正って名乗ってなんで怒られたの?

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/30(火) 02:20:33.82 ID:tHRXCUMQ
>>598
朝鮮役の頃は豊臣姓授与が武功への一種の褒美として与えられていたようで(だから陪臣でも
豊臣姓がやたら居る)勝手に豊臣姓を名乗るというのはその褒賞秩序も破壊する行為に成る。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ子飼いの武将達が東軍にたくさんいる光景は太閤も歯がゆかったろうな

  2. 人間七七四年 | URL | HfMzn2gY

    船頭「上杉も毛利も立花も大名として存続してますよ。加藤も福島も小早川も潰れましたけど」
    秀家「……本土で何が起きた……?」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >>2
    まさにポルナレフ状態だなw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    蜂須賀家政は誰から学んだのかわからん処世術だからな…
    関ヶ原も大阪の陣も両方豊臣に義理立てして、しかもばっちり徳川に味方とかそりゃもう周囲も「あいつなんやねん」だったろうな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    最後の日本兵みたいなもんだからなぁ
    最後の豊臣兵・・・ってほど骨太じゃないけど

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※2を見たら本当に何があったんだって感じだな。

  7. 人間七七四年 | URL | qyWmSqns

    自分と敵対して東軍に加担した従兄弟も潰されてるからなぁ

    そりゃ秀家からしたら「何があった」ってどころじゃないよなww

  8. 人間七七四年 | URL | W/LxBD3s

    こんな考え方だから八丈島にいるんだなって気がした
    政治が分からない人
    そこがこの人の良いところでもあるけどw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    2を見たら子飼いや豊臣の血筋が取り潰しにあってると見た方が良いのかな?
    秀家も子飼いみたいなもんだし。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    秀家は秀吉に育てられた様な物なのだから、東軍に付く訳無いじゃないか。
    実際秀家は秀吉の猶子で、妻は養子の豪姫だぞ?云わば一族同然の扱い。

    恩義を感じるだけじゃ無く、五大老の一人として特に家康から豊臣家を守ろう
    とするのは当然。それを政治を分からないだなんて、彼の出自を知っての発言
    なのかな?

  11. 創造力有る名無しさん | URL | -

    自分よりも豊臣に近い蜂須賀家が…という皮肉の可能性もあるんじゃないか。

  12. 人間七七四年 | URL | W/LxBD3s

    ※10
    秀家自身はそれでいいんだけど、他の豊臣恩顧も自分と同じだと考えていたのかなってこと
    この逸話のような時期になっても

  13. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ、付く訳がないはずの面々が続々東軍に与したのが関ヶ原なんですよね。

    むしろ猶子・養子で最後まで西軍についてたのは秀家くらい。

    あえて家中を割って形式上両軍に加担した蜂須賀親子と分裂状態の家中をまとめきれないまま西軍主力に担ぎだされた秀家。

    単純に比較するのは乱暴かもしれないけど政治力を云々されるのはいたしかたないところ。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    義理人情で政治が回るならそもそも戦国時代になんてなってない

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    ここは一番押さえておかないといけないんだが、関ヶ原はそもそも豊臣VS徳川の構図じゃないのよ
    三大老+石田VS徳川で、この時点ではあくまでも豊臣政権内での権力争いなのよ
    どっちも形式上秀頼を担いでるわけだからね
    だから、「豊臣家を守ろうとするなら西軍につくはず」という前提はそもそも存在しないのよ
    東軍は東軍で、名目上は豊臣を守るために上杉征伐に出て、豊臣を守るために西軍を討ったわけだしね

    宇喜多は徳川がこの位置にいる限り、まず確実に日の目を見ないポジションだからな
    しかも秀家の人柄が、気位が高く諫言を聞かず、他人の風下に立つのをよしとしない質
    情のなんのの前に、こういう方面から眺めてみれば宇喜多は徳川につくはずはないんだが…
    逆に西軍が勝った時、上杉・毛利と立場を争うことにもなってしまうわけで、でもそこまで考えてる節が見受けられないんだよなぁ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    西軍に付いた側の人達だって、まさかあの人達が東軍へ?と言う状態だったろうし、一概に個人の政治感覚をどうこう言うのは拙速では?
    そう言う意味では、最早個人ではどうにもならないのだから。
    政治と言うのなら、家康をどうにか出来なかった時点で豊臣側の責任なのだし。

    >米14
    そんな話は誰もして無いと思うよ?

    >米15
    正直そこまで言い出したらキリが無いのでは無いですか?
    東軍へ付くか否か?の話だろうから。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※16
    ※10で個人の動機を理由にあげておきながら個人の政治的判断力は関係ないとかもう支離滅裂
    大義名分や義理人情が関係ないならそれこそ秀家含む五大老や豊臣派大名が2つに割れたのはどういうことだ
    キリがない?人の決断にキリがあると思ってんの?

  18. 人間七七四年 | URL | 2svZrEBc

    とりあえず夏休みも終わりだし、※10以降は削除でいいのでは。

    納得出来ないところは明日社会の先生に聞いてみて下さい。

  19. 人間七七四年 | URL | -

    少なくとも2年に1度は前田家から仕送りが来るみたいだからその時に聞かされるもんじゃ・・・
    離島生活じゃ役に立たないと前田家側が判断してたのかな?

  20. 人間七七四年 | URL | -

    どっちも骨太だろ。
    社会の先生は暗記しかしてないから無能。
    宇喜多と蜂須賀では家の規模が違うし単純な比較はできないと思う。
    支離滅裂でもない。

  21. 人間七七四年 | URL | FKySkP76

    明治天皇からお前ら泥棒だもんなwと言われた蜂須賀さん

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