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淡河定範主従5人誠に恐るべし

2011年09月12日 22:08

576 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/11(日) 23:51:11.33 ID:RYc8rAXG
高さ2尺5寸の大手門とか、刃渡り24cmで柄の長さ150cm余りの「大まさかり」とか、変な物が続出の「播州太平記」にあった話ですが・・・。
雌馬を用いた計略で羽柴勢に煮え湯を飲ませた、淡河(おうご)定範の最期。


三木城の合戦の折、城へ兵糧を運び込もうとした毛利の援軍は、平田の付城を攻撃。
この戦いは駆けつけた羽柴勢と、三木城を打って出た別所吉親勢との激突に発展。別所方は壊滅し、多くの士卒を失ってしまう。
この時の別所勢には淡河定範の姿もあったが、すでに主従5騎を残すばかりになっていた。
細道を伝って三木城へ落ち行く定範主従に敵兵二十騎余りが迫り来る!

「我々はこのように手負いの身であるから、新手の騎馬武者と戦ってもいいように駆け倒され、むざむざと犬死することは必定。
そこで、これより一つの計略を行う。」
定範は郎党にそう囁くと、主従5人は手を組んで、互いに刺し違えた風を装って一箇所に倒れ伏した。

これを見つけ、「かの淡河定範の首を切り高名手柄にせん」と、我先に首を取ろうとする追っ手たち。
定範主従は伏しながらその敵兵たちを切り払うと、たちまち5人を倒してしまう。
追っ手がこれに大いに驚き、うろたえ回る所を切り払い、追いかけては切り立てたものだから、追っ手は散り散りに逃げ失せてしまった。

そして主従5人は討ち取った敵兵5人の首を前に並べ、列座して腹を掻っ捌いた。
それぞれ太刀の鎬を大地に付き、柄頭を自分の腹に差し込み、ことごとく生きたようにして息絶えたのであった。

敵勢はこれを見て、「淡河定範主従5人誠に恐るべし。雌馬の計略といい、今度の計略といい、村上天皇の後胤・淡河弾正の最期憐れむべし」
と、惜しまぬものはいなかった。




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コメント

  1. 実に武士らしい立派な最後だ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    只では死なぬ大和武士

  3. 人間七七四年 | URL | -

    そして生存説まであるという

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