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節姫の切腹

2011年09月17日 22:08

937 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 01:24:05.70 ID:+5LVXMQx
いい話に小姓の話があったので
江戸時代になっちゃうけど、後味悪かったお話

加賀藩主、前田綱紀の娘、節姫は
広島藩主、浅野吉長に輿入れした

姫は、浅野家の侍帳(職員録のようなもの)を見たいと言うので
家老がさっそく姫にそれを見せた所、児小姓の名前が帳面になかった
「如何(どうして)?」と尋ねると

「いたことはいたのですが、奥方様を迎えるので、全員元服させるか他所に出したのです」
(子小姓御座候へども、御入輿前、何れも元服仰付けられ、外様へ御出し遊さるゝ)

男色の対象となる側小姓が新郎の側に常に控えていては、新婦の心証を害し
新婦の実家前田家との関係にも悪影響を及ぼしかねない と考えたらしい
しかし、当の節姫は
「そんな気遣いは無用 私は児小姓が夫の側に侍っていても気にしません」
と、姫らしく毅然とした態度で受け入れる しかも

「やはり大名の身辺には、児小姓が必要でしょう」
(大名の御近所には、子小姓差置かれ、御心安く召仕はるゝ儀、宜しく候)
と言って、更に家中から美少年を選んで新たに児小姓に置き
彼らに支給する御仕着は、全て節姫の方で用意したという
(松雲公御夜話)

名君と言われる父、前田綱紀の影響もあってか、節姫も教養豊かな女性であり
嫉妬の感情を厳しく自戒し、夫の性癖もおおらかに受け入れていた様である
ここまではいい話

938 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 01:24:20.12 ID:+5LVXMQx
そんな二人は、普通に良い夫婦関係であったというが
吉長は妻のおおらかさに甘えたのか、性欲奔放が地だったのか
ちょっと調子に乗り過ぎたのがいけなかった

ある日、吉長は新吉原の遊女を請け出したばかりか
芝神明前の蔭間を二人請け出した
しかも、国許に帰る際に遊女と蔭間を同伴しようとしたので
これにはさすがの節姫も激怒した

「大名が請出しする事自体は、ままあることなのでそれは問題ではありません
でもね、国許まで同伴するなど、あまりにも非常識でしょう!
第一、上様に聞こえたらどうするんですか」
(尤、大名の遊興の余り、遊び者を請出し玉ふ事は有りまじき事なれねど、
国元まで御供とは余り成事、第一上様へ聞え参らせて宜からず御事也)

しかしそんな妻の諫言は聞き入れられず、その遊女と蔭間は
華々しい装いを誇示しながら、藩主帰国の一行に加わった

そんな状況を無念に思った節姫は、一間に籠って書置を認めたのち
壮絶な割腹自殺を遂げてしまったという
(をしむべし五十一歳を一期として腹一文字にかき切伏し給ふ)
(続漸得雑記)




939 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 07:47:32.08 ID:gayi3DnU
な、なんという…本当に後味の悪い話
理解を示したり懐の広いところを見せたりしても相手が
それに甘えるだけだと悲劇になりがちだよね
命をはって主君に諫言する重臣がいれば…

940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 09:07:13.60 ID:Ny1fE4fh
前田さんと浅野さんは絶縁になったりしないの?

941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 09:07:25.60 ID:PDlLczt6
こんなのが名君扱いされてたとか、欺瞞もいいとこだな

942 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 10:10:09.92 ID:TVOCH3N5
>>941
素行が悪かろうがなんだろうが民に害をなさない君主は名君です

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 10:15:25.37 ID:F/CRG+F/
うーん、児小姓まで全部自分であてがったってのはある意味全て管理下においてたってことだし、
Wikiみた限りでは側室は持たせてもらえなかったともある。
これ、けっこう吉長にとっては息苦しい環境だったんじゃなかろうか?

奥さん51ってことは長年我慢はしてたんだろうし、初めてハメはずしてみたらまさかの過激行動だったのかも。
それに、「上様に聞こえたら・・・」とは言うが、正室が腹切ったなんて聞こえた方が比較にならんほどヤバイし、
本当に理性的だったならこんな行動にまで出るかね?
筋の通った諫言で取り繕ってるけど、一方で『同性への』嫉妬も見え隠れしてるような・・・

あと、これもWikiからだけど前田家と相談の上急病扱いで処理したというから、実家から見ても吉長だけに
一方的な非があるとまでは見なかったんじゃないかな、大藩同士の大人の事情はあるとしても。

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 11:51:38.27 ID:pVhxKH9L
今の時代の腐れ女子からすりゃ立派な女だろうが
子供がいればいるほど家の繁栄に繋がる時代に
同性愛の推奨ってだけでも忠信なら病死していただく準備が必要な位の亡国の女。
遅きに失したけど、お家断絶には繋がらなかったなら
メデタシメデタシですむんじゃね?
ていうか、その小姓を確認した時点で、腐臭がするんだが?
江戸時代の大名家にもBL好きの腐ていたのか?

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 11:55:47.25 ID:I8KT5XBY
>>944
つ【衆道】

946 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:09:58.27 ID:pVhxKH9L
>>945
衆道ってやってる当事者が楽しんでるもんだろ?
BLって女が見て喜ぶ為のもんだろ?
ちょっと違うんじゃね?

947 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:19:08.72 ID:Jba91Cuy
端的に言うとこの時代、衆道と男女の愛情は全く別物と考えられていて、
夫の衆道相手に妻が嫉妬するというのは、非常に恥ずかしいこととされていた。
ちょっと極端だが現代的に例えると、旦那がかわいがってるペットに妻が嫉妬するとか、そんな感じ。

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:19:59.96 ID:SFHlIBee
衆道は君臣関係にも大きな影響を与えるものだから
ぶっちゃけ個人の性癖だけの問題でなく
政治的な意味合いもあるものなのよ

949 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:29:37.43 ID:qoCIrDCT
衆道も浮世絵も精力発散だろう
趣味が極まって芸術とか言われるようなもんかと

950 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:45:08.46 ID:yk14zRps
300年後とかにヲタ文化や腐女子文化も芸術と呼ばれるようになるのか胸熱だな

951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:47:22.45 ID:Jba91Cuy
実は浮世絵は春画も含めて、相当な割合で女性向けだった節がある。

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 12:55:52.80 ID:PDlLczt6
>>942
浅野吉長は農民一揆を起こされているんだが
それでも名君だと?

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 13:42:45.60 ID:nhliwxMN
小姓は家の管理下にあるけど、遊女やら陰間は管理下にはない
だから怒ったんだろうよ

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 14:19:58.94 ID:YkJH6cyO
猿面の男「つまり女をつくるならもっと上手くやれって事だ」

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 14:22:14.19 ID:pVhxKH9L
想像でしかないが
側室の記録が無いところからして
前田家による浅野家乗っ取りが目的だったかも?
前田の血を持たない子供の存在を恐れて女が来るのを激怒したんじゃね?

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 15:12:07.14 ID:+5LVXMQx
>>943
確かに奥方切腹だと、ますますメンツが潰れそうじゃね? とは思ったけど
これを許してしまっては、また繰り返すことにもなるから
まさしく命をかけた諫言だったんじゃないかね

>>944
あの時代の男色などは、性欲や愛欲とは別次元の関係であり、いるのが普通だから
奥さんも何でいないの? 普通いるでしょ? と思ったんじゃないかな

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 20:07:27.83 ID:UsaXYbY1
戦国時代板の、よりによっていい悪スレに
>>944のような意見が出てきたことが素直に驚きなんだが。
「当時、衆道は常識」は基本中の基本の知識だと思っていた。

958 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 21:53:57.67 ID:9LdKxVFj
他のスレでも「衆道が当たり前なんておかしい。じつは男装女子がいっぱいたんじゃね?」
なんて真面目に主張してるやつがいたぞw

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 22:00:06.59 ID:rpGF+HQi
>>958
ふいたwwwwwww
これも田豚の影響か・・・

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 22:01:17.22 ID:W5smCsPX
そういえば、中世の西洋では
古代ギリシャで男色が当たり前なんておかしい。よっぽど特殊だったから
記録に残っているんだ!と主張している人が結構いたとか
961 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:13:15.15 ID:+5LVXMQx
そもそもなんで男色がおかしいと思うんだろうか
あれは主従の絆を強めることに置いても、武家社会なら発生してもおかしくない現象だし
まあそれが原因で色々揉め事も多くなってるんだけどね

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:21:10.26 ID:VjNHemWA
男色がおかしいってのは近代以後入ってきた西欧のキリスト教的モラルにすぎないからなあ。
それ以前はそもそも、男色が特別な色眼鏡で見られることはなかった。
まあ「同性愛者」という、異性を愛せない存在、なんてのも居なかったんだがw

963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:28:56.82 ID:z3eqTmVy
基本的にバイセクシャルだからねぇ
性同一障害でも、特殊性癖でもない

964 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:32:39.09 ID:yk14zRps
そこもとに妹か姉はいるか?

965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:34:56.80 ID:9LdKxVFj
衆道にはまりすぎで子どもができない、って揶揄される人はいたけどな。
徳川家光とか

966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/17(土) 23:36:30.21 ID:+5LVXMQx
>>962
1700年代、朝鮮の通信使一行に、日本の異なる風紀もさるながら男色関係も
「少年には主が有り、気安く話しかけたり笑いかけたりすることもできない
それよりも人の妻妾を奪い取る方が容易だ」
とも書かれたりしてる
そんでこんな風俗を非難して「おたくの国の俗は奇怪極まる」と言ったら
応接していた雨森芳洲は貴殿は男色の楽しさをご存じないからと笑いながら言ったとか

この当時あちらでは男色はあまり流行ってないみたいだね

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 00:57:02.61 ID:5qH1byRr
儒教国だと同性愛は子孫を残せずイコール先祖への孝の否定になるのでご法度
まあ禁止されているということは、影ではそれなりにあったといことでもあるのだが

968 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/18(日) 02:29:01.81 ID:rcE+trFF
ちょっと思ったのだけど、いわゆる「女同士」って無かったの?

969 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 02:37:50.01 ID:HIjefIxw
女同士もあったらしいのは知ってるけど
詳しい話を知らんなあ

970 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 02:59:14.64 ID:CZX9IW+P
春画にも女同士の物は結構あるし、江戸期の双頭型やヒモで装着するタイプの張り型の存在も確認されているので
女同士の行為があったのは確実。ただ研究者の間では、衆道と同様に、それを同性愛と呼んでいいものかという、
深い悩みがあるw

971 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 07:43:36.55 ID:zC+z/FFj
衆道が当たり前ってのは
夜這いや浮気が当たり前ってものの裏返しだよな

現代も300年後には上司と共にソープに行ったフリーセックスの時代と言われると


991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 11:45:08.78 ID:UlaEmBG+

そういえば大祓詞の国津罪に同性愛ってなかったかな、と思ったが
「己が母犯せる罪」「己が子犯せる罪」「母と子と犯せる罪」「子と母と犯せる罪」「畜犯せる罪」
だけだった
これは少なくとも近親相姦、親子丼、獣姦程度には同性愛は禁忌だと考えられてなかった、てことか

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 12:41:00.61 ID:bUXdnF+S

>>991
それも全部虐待を禁止するニュアンスが強い気がするな。
同列の兄弟姉妹への禁忌が含まれないあたり。

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 12:46:55.60 ID:INaWXc/U
獣姦と近親は日本神話でも禁忌なんだろうか
あんまり聞いたことはないが
衆道は武家より坊さんのが肉体的だったと聞いたことがあるが、どうなんだろうか

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 13:02:29.54 ID:lHWmtZsV
>>991
そういや豊臣秀次の側室に母娘がいなかたっけ?

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 13:06:52.27 ID:Vw6DTJhn
>>993
衣通姫と軽太子

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/18(日) 14:36:37.33 ID:INaWXc/U
古事記にあるのか ㌧クス
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    944=955か
    937の逸話を読んで「姫は腐女子」という発想は確かに新鮮だな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    今の自分の基準でしか当時を見られない人は気の毒だと思った。
    9割は損してるねw

  3. 名無しさん@ニュース2ちゃん | URL | -

    男色文化を今の腐対象みたいに語られてもなw
    廃れたとはいえ、事実そういう現象もあったんだから
    普通にそういうのがあったんだ と受け入れればいいのに

  4. 人間七七四年 | URL | -

    男色って平安・鎌倉の時代にはお公家さんの軟弱な文化扱いでいいんだっけ?
    それが室町に至って武家に広まったと
    江戸時代では何で廃れたんだろ?町人が強くなったから?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    衆道の伝播は
    公家 → 寺 → 武士
    だった気がする

    衆道は単なる男色じゃなくて「年長者による後輩教育」で、「ホモ文化が一般的だった」ってことばっかり強調するんじゃなくて「将来の幹部候補育成」の意味合いもあったってことも強調してほしいよね

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    寺→公家(貴族)→武士じゃなかったっけ?
    遣唐使が持ち帰ってきた文化と聞いたことがある

  7. 名無しさん@ニュース2ちゃん | URL | TY.N/4k.

    >>4
    江戸時代の初期末から中期頃に、男色関係での殺生沙汰が多々あったんで
    大名がそれを危険視して、男色を規制しようとしたんだ
    それが徐々に厳しくなっていって、18世紀頃からゆっくり廃れていった感じ?

  8. 名無しさん(笑)@nw2 | URL | -

    疑問としてはお妾さんは出女として関所で止められないのかな?

    あと側室持たせてもらえなかったとあるけど
    江戸からでられない嫁さんに国元の管理ができるとは思えないなぁ

  9. 浅野糞杉

  10. 人間七七四年 | URL | /uHYxkhw

    普通に考えると国元に側室が居てもおかしくはないけどな。
    江戸での側室は正室を憚ったとしても、国元に側室が居るのは常識の範疇だし。
    まあ、山内対馬守みたいな例もあるから正室一人きり、っていう可能性も無くはないがね。

    後、遊女と陰間を国元に連れて帰ったのは、この時期だとちょっとやばいんじゃないかな。
    悪所から請け出した遊女を国元に連れて帰った大名の例自体は過去に無くもないんだけれど、この時期だと上様は確か八代目だぞ。
    尾張大納言と同じような事をやったら公儀から睨まれる、っていうのがわからんかったんかね?

  11. 名無しさん | URL | -

    側引っ張ってくるにしても対象考えろってえ話だろうな

  12. 人間七七四年 | URL | -

    姫路から越後に飛ばされた名門譜代もありますしな>遊女側室

  13. 人間七七四年 | URL | -

    江戸時代に男色すたれたか? 好色一代男(発刊1682年)の世の助は、確か、7百何人の少年としちゃったとかいう設定だったし、東海道中膝栗毛(発刊1810年)のやじさんは、きたさんに入れあげて身代潰したという設定だったと思うんだが。
    男色がすたれるというのは、明治以降ではないか? 

  14. 人間七七四年 | URL | -

    >>10
    だから諌めたのに聞き入れられなかったから「こりぁアカン」と最後の手段に出たんだろう。
    どんなやり取りがあったかは不明ですが

  15. 人間七七四年 | URL | -

    普通なら、米10番さん辺りの考えに至ると思うのだが・・・。
    いい加減「衆道=BL」って考えをしている人間が、未だに戦国板に居る
    事自体驚きだし、不勉強でしょう。

    生真面目で厳格な嫁さんだったからこそ、お腹を召したって気がしますけどね。
    幕府に睨まれる可能性がある死だからこそ、インパクトがデカイと思うし。
    なればこそ、考えを改めさせる程の威力が有るかと?

  16. 名無しさん@ニュース2ちゃん | URL | -

    >>13
    その頃もまだ作品はあったけど、昔ほど流行らなかったらしい
    んで開国した辺りで「こういう風習は外国ではあまり良い目で見られないみたい…」
    という意見が出始めて、男色文化が更に急激に廃れたようよ

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    効果はでかいがでかすぎて逆に家があぶなくね?
    実家の前田の殿様が物分りよかったからともかく
    騒ぎ立てられたらどうだっただろうな?

  18. 人間七七四年 | URL | -

    何かあると腐女子向けと勘違いする自称硬派が多いからな

    まぁ俺も衆道ネタが出ると「アッー」とか面白がってたからあまり言えんが

  19. 人間七七四年 | URL | -

    >17
    だからこそでしょ?どうせ前田が同調する事位織り込み済みだろう。
    これだけ壮絶な事されれば、今後絶対こんな真似出来なくなるしね。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    江戸時代は陰間って男娼いたじゃないか。
    まぁ陰間は女も客にしたり、そもそも女装してたりするが。
    といっても公ではないわな。

  21. 人間七七四年 | URL | 91gQSp6A

    明治時代に日本に来た宣教師が、男子生徒の男色の多さに
    「日本は子供が生まれなくなって滅んでしまう」と本気で心配したそうだし
    日露戦争の時も、日本兵同士でアッー!な関係があって
    それが兵卒同士の絆を深める行為で、日本の強さの一因じゃないか?って
    ロシア人に言われてたりするから
    江戸時代終わってからも一般レベルで流行してたんじゃ
    江戸時代でも、綺麗な少年は攫われたりストーカーに殺傷沙汰起こされるから
    従者をつけて一人で出歩かなかったなんて話も・・・

    男色はガチホモというより両刀使いといった方が正しいと思うが

  22. 人間七七四年 | URL | YD14tAto

    戦国が全盛期だとすると明治には既にかなり廃れてて戦後完全に廃れた、って感じじゃなかろうか。
    しかしこの人更年期障害な気もす

  23. 人間七七四年 | URL | -

    側室ってのは、奥の大将である正室の家来でもある。
    だから基本的に側室のスカウト・管理権は正室にあるのな。
    正室の意見も聞かず、国御前(国元にいて正室の代わりを務める側室)とも認められない遊女と陰間じゃ、
    正室の権威を殿が傷付けたことになる。
    正室が怒って抗議するのも当然だよ。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    国津罪に兄妹や姉弟の兄弟姦が入ってないのは母親違い父違いなら結婚OKだったからじゃないかな。衣通姫と軽皇子は同母の兄妹だから駄目だったんだよね。
    古代の日本の感覚は同じ家で(母のもとで)育った兄妹はちょっと、って感じだったらしい。

  25. 人間七七四年 | URL | -

    離縁も出来ないのに正妻として尊重されず好き勝手やられりゃ嫌になる

    結婚が政治である以上仲良くなるように努力するのも御家の為なんだな

  26. 人間七七四年 | URL | -

    所詮は2ちゃんのいちスレを高尚なとこと思い込んでるのがよほど驚きですわ。

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