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恐れながら謹んで言上仕ります

2011年09月29日 22:10

124 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 22:29:29.02 ID:qwi8IaQd
『恐れながら謹んで言上仕ります。

今の大阪表の状況を、どのようにご覧になっていらっしゃるのでしょうか?
恐れながら私は、驚きいっております。

この以前から秀頼様の御事を、下々が何かにと言っているのも、秀頼様が両御所様(家康・秀忠)の
御座所から遠く離れた場所にあるためだと、恐れながらそう考えています。

年内は余る日数ももう少ないのですが、御袋様(淀殿)が江戸に見物に行くのだと、年内中に
御下向なされてはいかがかと考えています。

きっと秀頼様は、御袋様がそのように下向されるのはどうかとお考えになるでしょうが、とにかく
今の危機的状況を解消させるため、御袋様が取り敢えず下向遊ばされ、来年になれば
秀頼様がご決断を以て、駿府江戸へと軽々とお見廻りなされて、その上で御袋様の方は
御上洛いただけるよう(家康・秀忠の)御沙汰をいただく、と言う方針ではいかがでしょうか?

このように申し上げたのは、私が最近御所様(秀忠か?)と対面した際、御所様は「(大阪方に)何かと
申し出ているのだが、今日に至るまで我々の要請を受諾する様子は無いのだ」とおっしゃっていたからです。

とにかく、四方から色々と言ってきているでしょうが、それらは全てお捨てになって、どうかどうか、
御親子様のうちどちらかが、年内に下向成されるようご決心して下さい。それこそが最善であると私は
考えています。

私めがこのような、本来なら憚るべき事を申し上げたのは、この事で、おそらく御機嫌も悪しくされたとも
思いますが、これも全て太閤様の御恩をひとたび申し受けた身であれば、秀頼様の御ために良きようにと
考え、恐れながら申し上げたのです。

恐惶謹言

(慶長十九年(1614))十月八日 進上

秀頼様』


結果、この申し出は無視された。
大阪冬の陣直前、福島正則淀殿豊臣秀頼母子に江戸下向を勧めた書状である。

(大坪文書)





125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 23:13:25.35 ID:e5L0iW5U
ほんと清正と違って正則は良い子だねぇ

129 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/29(木) 09:47:17.09 ID:+m92HzHL
>>124
酒の入っていない市松さんは本当にええ人やで

でも現実が見えてない人たちや
秀頼を神輿に担いで一発を狙ってるような輩には妄言でしか無いだろうな

133 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/29(木) 21:19:52.83 ID:37f5g6AC
>124
これ悪い話か?正則のいい話だと思ったが

134 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/29(木) 21:37:00.77 ID:H2eDU9Mk
>133
無視した大坂方の悪い話、だろう

135 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/29(木) 23:20:25.06 ID:sYRBxMz/
文治派憎しを家康に利用されて豊臣没落のお先棒担がされたことを悔やんで酒びたりになったのさ

136 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/29(木) 23:35:50.06 ID:+m92HzHL
だが待って欲しい
もし豊臣が存続できたとしたら、その時は連日祝い酒を呑むのではないか

どうころんでも市松さんはそれを口実にして酒を呑むだけではあるまいか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    酒さえ入ってなきゃ文句無しに優秀な人だなぁ…
    これはいい意味でもDQN四天王入りは見送られて然るべきだなw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    でも「下向」なのか。
    普通は上方の大名が江戸の将軍のところに行くのに
    この表現は使わないと思うのだが、
    そこをあえて使ったあたりが
    秀頼・淀殿への必死の配慮なのかね。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    あくまでも、秀頼や淀をたてるスタンスをとればあるいはと考えたんだろうけど

    駄目だったわけで

  4. 人間七七四年 | URL | -

    福島さんがこれだけ必死に乞願してるのに、現実を直視出来ないってのがなぁ。
    ここいら辺の淀・秀頼親子の考えが良く分からないのですよね。
    俗に豊臣恩顧と言われる大名達でさえ、親徳川へ傾いてるのに。

  5. 人間七七四年 | URL | mvcB0rpk

    市松さん(酒さえ絡まなければ)本当に良い人だ…
    関ヶ原後、家康が征夷大将軍になり幕府開いたり、その数年後には秀忠を二代目にしたり、次第に『徳川の天下』になってくのを見て、「こんな筈じゃあ…」って気分だったのかもね
    三成や三成側の人間さえ排除すれば、豊臣の天下は安泰と考えてたのかも…ただ、本当この頃は豊臣恩顧の人間がいないか、既に家康寄りだったのがなぁ…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    136の着眼点が秀逸だと思った。
    そうだ。やはりどうあがいても市松さんは飲む。
    酒を飲むことも含めて市松さんなのだ。
    禁酒する市松さんなど存在しない・・・はずだ。たぶん。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    淀殿は言われるほどのダメ母ではなかったともいわれるね
    (仮にも天下人だった秀頼を悪く言わないために、淀殿がスケープゴートになったという説)
    後世の目から見ると秀頼は無理を通しすぎたように見えるけど、もはやそうするしかない雰囲気だったのかもね
    頼りになるような養育係もいないまま育っちゃったし

  8. 人間七七四年 | URL | -

    こういうことが重なってますます飲まずにはいられない

  9. 人間七七四年 | URL | -

    >禁酒する市松さんなど存在しない・・・はずだ。たぶん。
    市松「禁酒? 簡単だよ、毎晩やってる」

  10. 人間七七四年 | URL | osd7LS92

    ※7
    追い詰められた日本人の集団がどうなるかってのは
    歴史で何度も実験されてるからね
    一線を越えた後はまず戻れない
    ただ豊臣は自分から追い詰められに行ってるような

  11. 人間七七四年 | URL | -

    こう言えば江戸へ行くと本気で思ってたんだろか

  12. 人間七七四年 | URL | -

    いわなけりゃ滅亡は必至だしな
    とにかく家康の元に行って貰わなければと思っていたんじゃないだろうか

  13. 人間七七四年 | URL | -

    別に日本人に限らず追い詰められりゃ誰でも死に物狂いになるだろ。イギリスとかでもボロい槍でドイツ軍の戦闘機に立ち向かおうとしてたんだろ。
    実験でもない。言い方が不遜。無礼。不謹慎。
    文治派憎しだけでは動いてないだろ。

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