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「何とかしてよ、ハットリくん」「またでござるか、ノブヨシ氏」。

2011年10月05日 22:03

971 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/05(水) 13:12:42.57 ID:jifG1Ana
地元の小説や稗史では、為信の軍師である沼田祐光(面松斎)が天海と
親しかったとされることが多い。さらに関ヶ原で為信とともに東軍に随行し、後に
家老を務めた服部康成という人物がいて、家康が鬼半蔵の一族を監視役を兼ねて
送り込んでいたという説もある。

旧恩への義理と外交を使い分けて、うまく世渡りした印象。西軍人脈だけだと
叛意を疑われかねないが、徳川から重臣と正室を迎えていれば警戒されにくい。




972 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/05(水) 13:23:29.48 ID:jifG1Ana
>>971この津軽のハットリくんは、のび太ならぬ3代藩主・信義の大ぼらの
尻拭いをさせられたことがある。

江戸城年賀で「金沢城の六尺太鼓は日本一」と聞いた津軽信義は「弘前では
その程度は子供の玩具。城内には十尺に余る太鼓がある」と口走ってしまう。
居合わせた諸大名が「されば雪解けを待って見届け役を送ろう」と衆議一決
したため、焦った信義は国元へ早馬を走らせた。

「何とかしてよ、ハットリくん」「またでござるか、ノブヨシ氏」。

服部康成は急いで大太鼓を作らせ、春に間に合わせた。弘前入りした検使は
大太鼓の現物を見届けて、唖然としながら帰って行ったという。

4代藩主・信政はこの大太鼓を本所上屋敷に運び込み、隅田川を越えて響き
渡る轟音は江戸名物になった(弘果という地元企業のHPより)。

今でも夏の弘前ねぷた&青森ねぶた祭では、打ち手の背丈より大きい太鼓が、
山車とともに市街を巡行します。




973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 13:47:18.49 ID:FY+B0z0m
のぶよし。をプロデュース


974 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 13:49:17.54 ID:kgb62dC/
やたら長い大根とかじゃなくて良かったな

975 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 15:54:02.13 ID:rgO8GD7Y
弘前ねぷた見に行ったら太鼓の上にサラシ巻いたおにゃのこが4人くらい乗って叩いてた
あれはよいものだ

976 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:46:07.19 ID:Vqj51m+Z
よくある小咄なら
「俺の地元にはこんなでっかい太鼓があるんだぞ」
「それなら俺の地元にはこんなでっかい牛がいるんだぞ」
「そんなでっかい牛がいるもんか」
「いなきゃその太鼓の皮を貼れないじゃないか」

977 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17:53:06.62 ID:w121xO+F
>>972
実際には太鼓なんて作らず見届け役に
くのいち忍法の肉接待と忍法黄金色の菓子折り
が炸裂している

978 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 20:00:59.15 ID:CxokdZHx
>>972
本所七不思議の1つ、津軽の太鼓に繋がる話かな
火事の時板木を鳴らすのが普通なのに、津軽屋敷からは何故か太鼓の音がしたってやつ

979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 22:08:01.78 ID:Pq0DlnoY
他にも伊達の殿様がホラ吹いて豆鉄砲を作ってたよな
「座敷で蝿を射つのに使う」とか言って

あと佐竹の殿様も「秋田の蕗は傘に使える」とか言っちゃって、
領民狩りだして大きな奴を国中探しまわった話もあったな
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    津軽の太鼓が気になって、ウィキペディアを見たら、本所七不思議が9。なんとなく、竜造寺五天王とかを彷彿とさせる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    米1ですが、すいません。変なところで送っちゃった。お詫びして訂正します。
    正:津軽の太鼓が気になって、ウィキペディアを見たら、本所七不思議は九不思議だとか。なんとなく、竜造寺五天王とかを彷彿とさせる。

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