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島津忠良はあるとき、幼年のものを集めた

2011年10月09日 22:14

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/08(土) 21:16:06.25 ID:wkLG33LJ
島津忠良あるとき、家臣の子弟、特に幼年のものを集めた。
いずれ年端も行かぬ子供たち。だが数十年後には家中の柱石として、自分の子や孫を
支えてもらわねばならない立場である。

子供達の利発さを確かめようという意図でもあったのであろうか。全員に数珠を手渡すと
「その手にある数珠の玉は幾つあるか数えてみなさい。早く数え終わったものから順に褒美を上げよう」
餅の袋を見せてそう言ったのである。

数珠の玉の数は108個と相場が決まっている。だがそのことを知らない子供たちは必死に数え始めた。
そんな中、終始身じろぎもせずじっと数珠を見つめる子供がいた。何をしたらいいのかわからない、という
風でもなさそうである
「はて、変わった子だの」忠良はその子が気になったが、他の子供たちから「大殿様!数え終わりもした!」と
報告を受けてる間に彼のことを忘れてしまった

さて、散会となったあと忠良は先ほどの子供だけ呼び戻して尋ねた。
「お前は最後まで数珠の玉を数えようとしてなかったな。あれは何故じゃ?」
「数珠の数は108と決まっております。それ故わたしは数えなかったのでございます」
「ふうむ、それならそれで数えるフリだけでもして折ればよいではないか。先駆けて褒美を得ること、思いの
ままであろうに」
「仰る通りではございますが、それではズルになってしまいます。わたしはずるをしてまで
褒美を得たいとは思わなかったのでございます」
ここまで聞いて忠良はその子を返したが、何か思うことがあったらしい

後年元服を終えた少年は忠良に目通りし、その日から忠良、貴久、義久、義弘、忠恒の五代にわたって
島津家にその生涯をささげることになる。

後の親指武蔵こと新納忠元である




13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/08(土) 21:22:51.15 ID:q5CH5Q/S
栴檀は双葉より芳し

21 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/09(日) 23:32:13.35 ID:FDubvkxO
>>11
昔、鹿児島に住んでたときに仕事先のおいちゃんから
「1番偉い薩摩隼人は困難に挑戦して成功したもの、2番目に偉いのは困難に挑戦して失敗したもの」
ってよく聞かされた。デ新納さん挑戦すらしてないやんか。

22 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/09(日) 23:34:27.96 ID:TMuSvb5G
周りがそんな薩摩隼人ばっかだから
デニーロみたいな人材が必要なんだろ……
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    そして忠元が年老いたら若者を教育する。時の流れを感じるなぁ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    一個ずつ数えたんじゃなくて掛け算したのかと思った

  3. 人間七七四年 | URL | mvcB0rpk

    義久・義弘もだけど、親指武蔵さんも長生きしたよなぁ…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    子供の「ズルはしたくない」って言葉は身に刺さるな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    一豊「世渡りはズルしてナンボでしょ?」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    1+100=101, 2+99=101……と、足して101になる組が50できまする。
    したがって数珠の玉の数は5050でございます。

    という話かと思った。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    というか、爺さんの教育に失敗が無さ過ぎるだろ。
    貴久、忠将、尚久の三兄弟も全員出来の悪いのはいなかった上に
    貴久の子の四兄弟も教育して、最後は薩摩藩の藩校にも影響与えたいろは歌だろ?
    悪久もこの爺さんに教育されてりゃ……

  8. 人間七七四年 | URL | -

    >>21既に知っている事を言うのは困難じゃないから・・・。矛盾はしないのでは。

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