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織田信澄討伐顛末

2011年10月22日 22:03

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 22:02:09.69 ID:nVKMcVLq
天正十年(1582)六月、丹羽長秀織田信孝の四国攻めの補佐として大阪にあった。
ここに、明智光秀が京の本能寺、および妙覚寺において、織田信長・信忠親子を弑殺したとの情報を得る。
長秀は切歯扼腕し、信孝と共に大逆の光秀を討つことを議した。
この時、織田信澄は、彼が明智光秀の婿であったのでこれを大阪の守備に残し、長秀・信孝は馬を走らせ
森口まで進んだ。

しかし、織田信澄はやはり明智光秀に与していた。

信澄は長秀たちが出陣すると密かに伊丹の一揆を大阪に呼び寄せ、長秀勢が明智との合戦に及べば
この一揆勢を持って挟撃する、という密謀を進めていたのだ。

時に、大阪に残っていた丹羽長秀の家臣である長束藤兵衛正家がこの情報を察知した。

長束はすぐさま急使を立て森口の長秀に伝える。長秀は知らせを聞いて驚愕し、すぐさま信孝の元へと行くと

「信澄は大賊の婿であります!更に長年それと親しんできました。先ずこれを誅するべきです!」

信孝も同意し、軍勢を大阪に返し、信澄の居る大阪城(本願寺の跡地に作られたものだろう)を、
信孝は搦手より、長秀は追手より攻め立て、ついに信澄を千貫櫓にて討ち取った。
ちなみに信澄の首を取ったのは、長秀の家臣、上田左太郎重安(宗箇)であったという。

時に六月六日。これこそ賊魁明智光秀に打撃を与えた、最初の一撃であった!
…と、丹羽家では記録している。

なにげに10年ほど後には有名になる人たちが活躍している、丹羽家においてはこう事になっていた、という、
織田信澄を討ち取った顛末である。
(丹羽家譜)




425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 22:36:17.23 ID:Mukm8SQ5
胸糞悪い話だ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    確かに信澄は大賊の婿であっただけで、長年舅と親しんできたのも当然だったわけで、彼の立場としては、ねえ。なんか気の毒だなあ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    丹羽長秀はこの命令を実行した時どう思っただろうな
    個人的に清州会議で長秀が織田信孝をおさなかった最大の理由はこれにあると思ってる

  3. 人間七七四年 | URL | -

    これ本当の話なのかな?
    丹羽家譜に残っているらしいけど、どこまで真実なんだろう。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >しかし、織田信澄はやはり明智光秀に与していた。

    とにかくこれだけは強調したかったんだろうねぇ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    津田信澄って、確か、信長の仲介で明智光秀の娘を嫁さんにしたんではなかったかな?
    いろいろヒドイ。

  6. | URL | xtc7akX2

    信長の弟、信勝(信行)の子だからね。津田信澄は。
    それでいて明智光秀の婿ときたら疑いかけられてもしかたがない。
    むしろ、明智光秀と死なばもろともになるしかない。
    反乱に組みして無くても身の潔白を証明できなかったろう。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    何だか討った事への後ろめたさを消したいから、それらしい理由を付けたって
    感がしないでもない記述ですね。
    それにしてもこの出来事、本当に良く分かって無いですよね?
    話によって色々理由が有り過ぎる。

    ・嫁が明智家の者だからと言う理由で攻められてしまった。
    ・明智に同心し、森口を信澄が封鎖しようとしたので、謀反として攻めた。

    少なくても、この位は理由が出てくる。

    そもそも、織田家内で遇されている信澄が、今更明智に同心するとは思えない。
    個人的考えだが、大阪で混乱して居る間に信孝・長秀軍に、「明智の婿・父親が
    謀反人」と言う理由で攻められてしまったのじゃないでしょうか?

  8. 人間七七四年 | URL | Aszvn8R.

    同じ縁戚の筒井順慶なんかはギリギリまでどちらにつくか逡巡してたし、微妙な立場ではあると思う
    ハッキリと明智与した証拠、もしくは信澄が明智に付くつもりは無かった、って記録があるのかは知らないけど

  9. 人間七七四年 | URL | -

    山崎後にあれだけ利用され踏み台にされるとは
    思っても居なかったんだろうなぁ

  10. | URL | xtc7akX2

    信長もよくわからないんだよ。
    信行反乱の首謀者だったからと林秀貞を20年後に追放しただろ。

    この流れからいえば信行実子の信澄も処罰される可能性があった。
    だから明智に組みした(組みしたはずだ)と思われたんだとおもう。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >10氏
    一応突っ込んで置く。信行なんて居ないよ、信勝だよ。

    信長は昔から身内に甘い対応。それに信長母の嘆願も有った。
    それに親父が謀反を起こした時は幼少だ。
    成長した信澄自身が信長の寵愛を受けるまでに成長したし、信澄
    もそれに答えた。何処にも謀反を起こす兆しも無かったしね。

    それに近年だと、信孝が信澄が後継者に成る恐れを排除する為の
    どさくさの戦闘行為だったと見る向きが有る。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    実父も義父も叔父である信長に叛くことになってしまったのは皮肉な運命だよな。

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