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老いてなおダジャレ

2011年11月06日 22:00

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/06(日) 15:32:28.60 ID:ZbnuNQB2
恵比寿も酒井忠次とは関係ないらしい
てっきり海老すくい関連だと思ったのに



422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/06(日) 17:22:23.98 ID:HhREQzJx
>>419
ではそんなまとめで後輩の榊原康政と並んでしまった忠次さんのお話。
忠次の逸話の中に1つ酒井忠世の逸話が紛れてるからこれで並ぶのかな。


酒井忠次は晩年京で自由気ままな隠遁生活を送っていた。
ちなみに年甲斐もなく子供も作っていたそうな。
そんな折、秀吉は唐入り(朝鮮出兵)のため名護屋城を築城した。
そこで秀吉は、城の橋の渡り初めという名誉ある勤めをすでに隠居していた忠次に命じた。

家康「忠次の最後の晴れ舞台となろう(´;ω;`)」
と家康は手づから忠次の装束を繕ったそうな。
しかしこのとき忠次はすでに失明しており、小姓とともに超スローペースで橋を渡っていく。
諸大名の軍勢も彼に合わせてスローペースで進んだ。
そして忠次は失明しているはずなのに堀や橋について褒めたという。

さらに、彼は小姓に門の彫り物について尋ね、小姓が「鳳凰です。」というと、
「なるほど、’唐の鳥’ゆえ、殿下は’唐取り’をされるわけですな。」
とダジャレを言った。
これに大笑した秀吉は、忠次を褒め讃えた。

老いてもなお彼の頭の速さとダジャレセンスは衰えることはありませんでしたとさ。
※ダジャレセンス
→http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4963.html




428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/06(日) 20:41:21.92 ID:ZbnuNQB2
>>422
家康も、晩年の忠次に対しては冷たかったのに、ここでは優しいんだね
しかし、忠次もウィットが効いてるなあ
こういうときも、彼特有のポーカーフェースで言うんだろうか

430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/06(日) 21:19:42.78 ID:9F6jTtsx
>>428
イヤミかましちゃったとはいえ、基本「公」の立場での冷遇だからなぁ。
(息子さんは後々は加増もらってるし)

公に情無し、を実践できるってのが最終勝者の資格であったんだろうな。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉も基本人たらしと言われるだけあって、こう言うギャグ系面白い話系の
    行為が好きだったのかもしれませんね?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    小姓「鳳凰です」
    忠次「ほぉー」
    秀吉「打ち首な」
    家康「最後の晴れ舞台(´;ω;`)」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ちょww

  4. 創造力有る名無しさん | URL | -

    秀吉厳しいww

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ちょwww

    腹痛ぇwwwwww

    なwwwにwwwこwwwれwwwwwwwwwwwwww

  6. 人間七七四年 | URL | -

    とのいつの秀吉ならギャグには厳しそうだな・・・

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