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この土屋惣蔵、今こそ主君に御恩返しを

2011年11月19日 22:21

671 名前:葉隠より[] 投稿日:2011/11/19(土) 15:40:33.57 ID:Z4wqyEaA
山本常朝
『武田信玄の家中には当時無類の剛勇の者が揃っていたが、
勝頼が天目山で討ち死にしたときには皆逃げてしまった。
そんな中、数年来主君から怒りを買って遠ざけられていた土屋惣蔵は踏みとどまり、

「日頃大口をきいておられた方々はどこへ参られた?
この土屋惣蔵、今こそ主君に御恩返しを致す」

と言い、ひとり討ち死にしたとのことだ。』




672 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 16:04:56.18 ID:MW6OyRz1
土屋昌恒って遠ざけられてたっけ?
どっちかと言うと小宮山友晴辺りのような気もするけど

673 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 16:13:13.78 ID:vX1TCzU8
まぁ山本が後世の人だし
だが、こういう武人はかっこいいな

674 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 18:50:05.81 ID:TN3Whwp1
天目山では跡部も一緒に殉死だよね
実は長坂も一緒だったというのが最近の見解だね

675 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 18:57:37.85 ID:KCklEodZ
そういう意味だと跡部勝資や長坂光堅も実際には勝頼と命運を共にした忠臣だったと
最近は再評価されてつつあるな

676 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 19:06:55.12 ID:KCklEodZ
もろ被りした

土屋昌恒ら金丸一族は武田家への忠誠ぶりがハンパないよな

677 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 19:33:49.10 ID:e+DbJHcW
甲州金入りの箱を常に抱えてて手柄を立てると
惜しげなく与えるようなアホ丸出しのスタイルで
忠臣なんて生まれるのかね

678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 19:45:41.58 ID:8LpprzW3
天目山で、妻子一族全員殉死したため、
武田滅亡後ただの一人も徳川など他家に仕えたものがいなかった、
小原丹後守、小原下野守兄弟の小原一族もお忘れなく

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 20:37:03.38 ID:EPJENNTy
井伊家に仕官した武田の遺臣連中には滅ぼされた恨みとかは無かったんだろうか

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 20:50:52.37 ID:vqYTpSEf
滅ぼされて恨みがある連中は仕官しなかったんじゃね?
つか、むしろ徳川さんより織田さんの方に恨みはあるんじゃないのかな?
で、織田家に隠れて武田の遺臣を召抱えてたんじゃなかったような~
あ、一応許可は貰ってたかもしれん

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 20:51:56.67 ID:H9LumBT5
上杉家や毛利家と同じように信長さえ滅びれば秀吉だろうと家康だろうと仲良くなれるさ
682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 23:09:21.18 ID:d/wRHuG7
仕官しないと完全に農民として扱われて年貢を納めなきゃだからね。
仕えねえけど、俺は武士だぜ、が通用しない以上、
1.諦めて徳川に仕えて井伊にこき使われる
2.兵役のない農民として年貢を必死におさめる。軍役に行く奴が今日からは村のリーダーだ。
3.故郷を捨てて浪々の身になる。下級家臣なんて他家で通用する名声もとりあえずの旅費の蓄えもないから…

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 23:23:17.78 ID:+2ueINdl
武田だと、一族の一部が徳川へ仕官し、一部が故地で帰農して機をうかがい、
一部が上杉や北条といった近隣大国へ、一部が武田ないし当人の縁者へ、
というふうに一族を分けて存続を図っている例が多い。

例えば加賀美氏は、徳川家(のち大身)・織田の森家(分家の各務家が家老)・帰農と三パターン。

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/19(土) 23:59:29.42 ID:RQV+BFM/
家康が勝頼の墓たてた事や甲斐の寺社仏閣の修復の件は別にして、

家康が信玄の事を尊敬していた事って
武田家の遺臣を囲いこむ為の宣伝材料だったのかね?

でもこの手の話は江戸時代以降に知れ渡った話かも。


685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00:21:04.44 ID:3627Uurs
>>684
今みたいにテレビだの雑誌だのコマーシャル謀体があるわけじゃないからどうだろう?
そういった発言がどこまで伝わっていたのかもわからないし

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00:29:26.26 ID:be22In1g
信長が死んだあとは甲斐は徳川家が取ったから
ただの自然な流れで無いの
あとは森家に付いちゃった奴とか上杉家に逃れた奴とか

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 01:09:07.98 ID:uKQhAwIe
>>683
各務兵庫は斉藤家臣から森家臣だろ
武田滅亡とは無関係だろうに

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 07:03:32.14 ID:tQ4LVq4O
ってか、なんで天王山なんだ?たいした戦か?
そこは関ヶ原じゃないのか?語呂が悪いのか。
中日なら織田にまつわる戦を出してほしいが。


689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 07:33:48.57 ID:10YZ+hye
>>687
加賀美さんと各務んは読みは同じだが別人だよ

690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 08:07:55.02 ID:wvR/rfN0
一般的イメージの関が原だとエラーや自殺点で決着がつきそうな。もしくは八百長。

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 08:19:51.35 ID:Y8Rf8Jaw
だけど領内の百姓の分家が大身旗本とか譜代大名とかなら大変だろうなぁ。
下手したら幕閣の有力者とかが墓参り。

なるほど甲斐は難治の治、並みの家じゃつとまらんわ・・。


692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 12:21:55.22 ID:uX8fZrCk
>>688
関ヶ原は天下分け目の戦って言われてるけど
あくまで豊臣政権下の部下同士の戦い。
天王山は織田後の跡目争い。
まぁなんで天王山なんだってのあるけど、結局はゴロじゃないかと。

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 15:50:52.69 ID:MdxLYxna
天王山は決戦の中でその山をとるかとらないかで勝敗が決まるって意味だろ、
戦いの名前じゃなくて場所の名前だし。

694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 16:44:40.51 ID:p6oeDw0/
天王山を取った方が負けたのだが?

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 16:47:01.09 ID:3TQITk+j
洞ヶ峠にいたのも光秀だし、問題ない

696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 16:54:34.66 ID:5L6WAdbG
次は小田原評定いってみようか

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 17:08:26.44 ID:qLJfQ+Zq
>>683
武田遺臣の一部は伊達さんとこで未開拓地もらって帰農したようだ
ご町内もれなく○○さんってエリアがあって、表札見てるとだいぶカオスw
だいぶ立派な門構えが点在してるとこ見ると全くのデマではなさげ

698 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 18:36:29.49 ID:j6617LE5
>>694
天王山を制すっていう具合に使うから負けた光秀が天王山に陣取っていて問題ないと思う

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 20:36:03.61 ID:Ku4BDa+M
天王山は決戦前に秀長、黒田官兵衛、神子田が制圧したよ

700 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 23:52:05.77 ID:CCfHk6sj
>>689
一部が徳川家(敵)へ・一部が森家(血縁)へ・一部が帰農へ

と三つに家を分けたってことだろ。

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/21(月) 00:09:31.09 ID:QQCOdnzM
>>683
>>687
>>689

なにかかみ合ってないみたいだけど>>700の言うとおり
森家家臣の各務家は、武田家庶流の加賀美氏の後裔を称しているから、
武田氏配下の加賀美氏と血縁があって、
武田滅亡時にそれを頼っていった武田家家臣の加賀美氏がいたって話だね。

この時代、同じ甲斐源氏同士で全国規模の交流があったようだから、
不思議な話ではないと思う。

705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/21(月) 09:55:27.95 ID:okU3lH9I
>>703
大名として滅亡しても、富士家みたいに神職に戻ったり、今川みたいに公家っぽくなってみたり、
特殊な能力や立場のある家は良いけどね。個人だと武勇とか剣豪とか?

土豪の発展系じゃ他国に親類も多くもないだろうし、その点全国ネットワークの
甲斐源氏は有利だったのかもね。甲斐武田家が滅んだときも各地の武田はまだ生き残っているし。

徳川の旗本になった武田遺臣なんて、大体が他国に親類がまたがっているし。
武田は時代によっても異なるけど、決して甲斐だけの家ではないから当然といえば当然か。

最近の研究じゃ、上総や相模で武田庶流の活動が活発なのは、遅くとも鎌倉初期から地縁があったからだというし。

706 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/21(月) 20:15:33.22 ID:Ugx3kPy5
>>705
それほんと?研究で使いたいんだけどソースある?

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/21(月) 20:25:40.47 ID:i3dD4PdL
>>683
北条に仕官した武田遺臣も結局は徳川に召し抱えられたのが多いんだよな

719 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/21(月) 22:14:43.15 ID:okU3lH9I
>>706

えーと。
>>最近の研究じゃ、上総や相模で武田庶流の活動が活発なのは、遅くとも鎌倉初期から地縁があったからだというし。

これのことなら、 武田信長 (シリーズ・中世関東武士の研究)だったよ。面白かった。
http://p.tl/QCGU
短縮URLだけどブラクラじゃないんでご安心を。

726 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/22(火) 00:55:47.72 ID:AaKjE5hd
信長が上総攻略を任されたのは偶然ではないということになるのか

あとで読んでみよ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    庇うわけでもなく一緒に死んじゃったら恩を返せて無いじゃないか
    ただの犬死

  2. 人間七七四年 | URL | -

    「図に外れて死にたらば犬死キチガイなり、されど恥にはならず」
    の心なのだろう。
    犬死にだから生き延びる・・・というのが正論の場合もあるが、
    臆病さからそのセリフが出る場合もあるのだろうと想像した。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    勝頼の自害の時間稼ぎをするっていう恩返しじゃない?
    今井兼平が主君・木曽義仲に「名も無き雑兵に討たれるは恥、自分が時間稼ぎする間に自害して下さい」って言ってるし。

  4. ぬ | URL | -

    某声優の名字は天目山が由来だそうだが、どうでもいいですかそうですか。

  5. 人間七七四年 | URL | bH1htKmU

    これ確か甲陽軍艦にもあった気が…土屋さんじゃなかった気もする…

    甲陽軍艦が見当たらないので確認出来ないんだけど

    ただ甲陽軍艦の書き方では

    勝頼さんに厚く遇されてるにも関わらず、内通するような大身の人間がいる中で(小山田とか穴山とか)、勝頼さんに疎まれて遠ざけられてたにも関わらず死ぬと分かってて馳せ参じる小身の人間もいる

    これを忠義と呼ばずしてなんとする!

    本当はここまで暑苦しくはなくて…勝頼筆頭に、周りの人間が感動して泣いた…みたいな話だったと思う


    だから、この土屋さんの忠義は内通した人達との対比で分かってくるのかな?と

    勿論第三者から見れば内通した人達にもそれぞれ理由と守るべき物があるんだけど…あくまでも、「武田家(勝頼さん)から見た忠義」なので

  6. 人間七七四年 | URL | -

    最期まで奮闘する忠臣の姿に目から涙が…
    尼子さんとこの臆病野州の話や夏目吉信、島津退き口の捨テガマリの話も好きです。
    あまりスポットを浴びない負け戦の英雄の話をもっと欲しいです。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも、「甲陽軍鑑」自体がアレですからねぇ。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    軽い一言で全てを台無しにするネット評論家こそアレだと思います

  9. 人間七七四年 | URL | -

    長坂光堅「なら俺の忠義をつらぬいた最期もちゃんと書けよ>甲陽軍鑑」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >8
    君みたいなのが一番何様的で邪魔だと思うよ。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    いやまとめられてるレスも無粋だし>8の反応は自然だろ
    これに違和感覚えないのはヤベェよ

  12. 人間七七四年 | URL | XmHeyEnw

    >5
    これは、上にも出てるけど小宮山友晴の有名な逸話。
    葉隠に土屋惣蔵の話として載っているかどうかは確認してないけど。
    土屋昌恒は、一貫して勝頼の側近中の側近で、遠ざけられたことなど一度もないし。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    レスの天王山って一体どこから沸いて出た話なんだ?

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    たぶん日本シリーズの最終戦を「天王山」としてどっかのメディアが表現したんじゃないか

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