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近江日野・綿向神社の支払い請求

2011年11月30日 22:11

802 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/30(水) 15:11:35.21 ID:RwQJrugB
戦国期の神社の予算はどのように使われたのか、これを
天正12年(1584)、蒲生氏郷の領国、近江日野の綿向神社の記録より見てみましょう。

『綿向大宮殿への20石の寄進から、支払い請求の記録

・1石 正月元日の御祝い。殿様(蒲生氏郷)にお供し、神社に残った社家の者たちのものも含めて頂いたもの。
・2斗 御浄め料 社家の物祝として
・1石 御油米 毎日の灯明代金として
・1石5斗 御神宮 毎日の御供社祝として
・1斗5升 4月朔日たけの御神事 社家祝として
・3斗 同太宮殿御神事 社家衆祝として
・1斗5升 五月御神事 同所祝として
・5升 4月晦日御榊参 社官祝として
・1石 1年間の御幣 社家祝として
・1石6斗6升2合 忠三さま(蒲生氏郷)のお誕生日の神事
・1斗 霜月の御神事 社家祝として
・1斗 正月の松飾り 社官祝として
・3斗 7升5合 五節句の御供 社家祝として
・5升 10月神のお向かい 社官祝として
・2斗 霜月の御祈祷 社家祝として

右合計して7石8斗3升7合が伝えられ支払いがあった。

残りの12石1斗6升3合は、神社の改修費用として引かれたと小日記(メモのようなものか)にあり。
(天正十二年綿向御神事之日記)

これを見ると大名から寺社への寄進というのは、先に与えるのではなく後で請求されるものだということが
わかりますね。請求費用それぞれの内容、理由も細かく記載されています。
戦国大名の予算執行の一端が見えてくる記録です。




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    小田原の北条さんちが書類地獄みたいな言い方されるけど、基本的にこれが日本なのかも知れない。
    …あとで請求内容の照会が来たり、「対象外経費です」とか言って差し戻されたり、添付の証憑書類が足りないとか文句付いたり…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ●●貫寄進とかでも事後請求だったのかな?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    自治体の式典運営業者への対応と一緒だなあw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >忠三さま(蒲生氏郷)のお誕生日の神事
    当時の日本で、誕生日と言う概念が大内家以外にも有った事に驚いて居ます。
    と言うのも、大内義隆の誕生日が記されて居るのが非常に珍しいとあったので。

  5. 名無し | URL | -

    誕生日を祝ったのは信長が最初とか言ってた某歴史家の発言は嘘だったとよくわかる逸話。

  6. ななし | URL | -

    武将の逸話もさることながら、こういう事務方の記録もまた、惹かれるものがあるね

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