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蘆名盛隆が大庭三左衛門に討たれるに至ったのは

2011年12月01日 22:00

219 名前:1/2[sage] 投稿日:2011/12/01(木) 17:48:27.07 ID:9ujpDut+
蘆名盛隆大庭三左衛門に討たれるに至ったのは、このような理由があった。

有る年のこと、蘆名盛隆が八丁目という土地で伊達政宗と戦いこれを大いに破り、追撃をして
伊達の将兵数多討ち取り勝鬨をあげ、居城へと帰陣する途中、二本松の宿を通っていた時である。

ここで群集大いに集まり盛隆の凱旋を見物した。
そんな中、ある町家の中に、14・5歳の容貌優れたる少年が、片手に色美しい花を持ち、前に書物を広げ、
表の騒ぎも気にかけず読書をしていた。

盛隆はこの少年に気が付き、その家の前に馬を止め、彼の両親に伝える
「あの少年を貰い受けたい。」

突然のことに驚いた両親であったが、元より辞するという言葉も無く「ご所望にお任せします」と答えれば、
盛隆は多いに喜び両親に物の具を与え、少年を自分の変え馬に乗せて騎乗した。
この少年が大庭三左衛門であった。
蘆名盛隆は三左衛門を深く愛し、その寵愛は限りがないかのようであった。

しかし紅に栄える葉もやがて黄となり木より落ちるもの。時が経つと共にその君寵も衰えていった。
これを三左衛門が恨みに思っていたところを、彼が君寵によって取り立てられたことを妬ましく思っていた
譜代の若者たちは、その失落を喜び、三左衛門の居ない所で彼を『鴨汁』と仇名して笑っていた。
その意味は「冷めては食われぬ」ということであった。
後で三左衛門は自分がそう呼ばれていることを知り大変なショックを受け、昼夜深く悩み、このような屈辱に
耐え忍ぶことが出来なかった。

そんな時に、ある人が三左衛門に伝えに来た。

「御屋形様(盛隆)が、今朝のお食事は鴨汁なのであなたも参るように、とのことです。」

そう言って、ニッコリと笑った。


220 名前:2/2[sage] 投稿日:2011/12/01(木) 17:48:59.72 ID:9ujpDut+
三左衛門はこれを聞くと、毒矢が胸に刺さったよりも激しい心の痛みを感じた。この者を斬ってこの憤りを晴らし
返す刀で自分も腹を斬って果てよう。とっさにそう思ったが、尋常ならぬ努力でこれを耐えた。彼はこう考えたのだ

『この事は他の誰が言ったのでもない、御屋形様がそう仰せられたのだ。ならば罪なきものを殺し徒に命を捨てるより、
御屋形様を一太刀討ち申し、恨みを泉下に報じよう!』

そして明日、盛隆を討ち果たそうと心に決め、その夜知人友人を呼び集め酒肴を振舞った。彼は客人に
「実は昨夜、我が望みが叶う夢をみたのです。夢の内容は三日後に語ろうと思いますが、突然の吉夢であったため、
これを祝おうと皆様をお呼びしたのです。」
そう言って盃を指しさされ、舞い謳い、実に楽しい酒宴を主催した。

翌、天正12年(1584)10月6日、早朝

大庭三左衛門は沐浴し香を焚き、出仕の衣装を美麗に着こなし城の大広間の方へと向かった。
この時、蘆名盛隆は丁度、広間において鷹を据えて柱に寄りかかっており、まわりに近習もおらずただ一人で居た。

これを見た三左衛門は一礼をして縁を通ろうとした。ただ、本来ならここは刀を刺さずに通るべき所であったのを、
この時は刺したままで通る。と、その瞬間、「キエーーーーー!」叫び声と共に振り返り、盛隆を一刀、斬った。
深手ながら未だ意識がある。盛隆は腰の刀を抜こうとした。その前に三左衛門の二の太刀。盛隆は絶命する。
すると三左衛門は大手門の方に走っていく。

蘆名家の家臣たちはこの騒ぎを聞きつけ集まったが、三左衛門を追いかけ討ち取ろうと言う者はなく、ただ
盛隆の死骸の周りに集まり周章狼狽するばかりであった。
が、ようやく一人の侍が三左衛門を追いかけ走った。これをきっかけに人々次々と彼の後を追う。
三左衛門はニ町(約200メートル)ほど逃げ延びたものの、ついに追いつかれ討ち殺された。

三左衛門の死体を改めると、出仕着の下には絹の死装束を着、六道銭と数珠を首にかけていた。
これを見た人々

「死ぬ覚悟をしていたのは明らかなのに、どうして逃げて生き延びようとしたのだろう。
いったいどんな因果の報いで、主君を討つようなことをしたのだろう。
何もかも理解出来ないことばかりだ。」

と、この事件をどう受け止めれば良いのか、皆、悩んだということである。
(藤葉栄衰記)




221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/01(木) 18:12:57.57 ID:745KC2vW
僕のおしりじゃもうダメなんだ…っていう悲愴な思いがひしひしと伝わってくる

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/01(木) 18:28:02.89 ID:tpbQ213m
戦国の武人で今日死ぬって心を決めててもいざとなったら気が動転してしまうのかあ

223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/01(木) 18:43:29.03 ID:bBtxXZOC
前日談の異聞
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2418.html
>この後、二人がどうなったのかは知ってのとおりである。
これを読んだ時、コメントしている人のように続き書いてくれよ、とつっこみたくなったからありがたい

ついでに
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1866.html
この時つかまえた鴨を汁にしようとしたのかな
つまり、鴨つかまえて死んだのはただの偶然じゃなかったと


225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 00:03:53.23 ID:eQ57+vaX
このスレ見てると男同士の恋愛の縺れは男女よりドロドロしてる気がする・・・

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 07:49:36.13 ID:2jMGGzRD
>>225
当時の男女間の話は政治的なものが関わることがよくあったからね
己を抑えて終わらすことも多いのでは
 
男同士だとそういうのが少し緩かったんだろう
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    政宗と盛隆は直接は戦っていないんだけどね。
    だって、政宗が家督継ぐ数日前の出来事だからね。

  2.   | URL | -

    飽きたらポイしちゃうとかダメだよな。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    久々に東のアッーの人の話だな…
    それにしてもここに出てる盛隆の逸話は、どれも後味悪い話ばかりの気がする…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    佐竹義重とのアッーなら後味悪くないかと思ったが
    岩瀬御台を考えるとやっぱりだめか

  5. 人間七七四年 | URL | -

    一応亀王丸を設けてるから、女性も行ける口(義務で?)なんだろうけど。

    >片手に色美しい花を持ち、前に書物を広げ、表の騒ぎも気にかけず読書
    この人、何がどうしてこんな状況なのだろう?www

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    無論盛隆の目に止まるよう戸を全開にしてポーズ決めて待っていたw

  7. 人間七七四年 | URL | -

    米5誘ってんだよ言わせんなよ恥ずかしいw


    書物がいまでいう植物図鑑で、花のことを調べていたんだろうと思う

  8. 人間七七四年 | URL | he0KMWO2

    自分も植物図鑑を見ていたものとばかり…


    あと走って逃げたのは生き延びるためじゃなくてなにか意図があるような気がする

  9. 人間七七四年 | URL | -

    >6・7
    あ~成程ね・・・ってマジか?www

    この人ウィキで「猛勇ではあったが、知恵や仁徳が無かった(奥羽永慶軍記)」
    とあるけど、逸話だけ見る限りでは強ち間違って無いかもしれない。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    恋愛感情があったなら、ヤンデレ化して無理心中…とかか?
    愛憎激しくて地獄で共に…みたいな
    嫌がらせの件からして、恋愛感情はもう消え失せてそうだが

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