FC2ブログ

今日からお前は七九郎

2011年12月04日 22:00

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 22:44:13.17 ID:R2CBAOhA
徳川氏の家臣で三河の武将・柴田政之の子に、柴田七九郎康忠という者がいた。

永禄4年に徳川家康に仕え、吉良義昭との戦に従った。
永禄6年の三河一向一揆においては、一向宗徒であったが反乱には賛同せず、
自らの宗旨を浄土宗に改宗し、家康側に味方して一揆衆と戦った。

得意の弓技を活かし一揆を鎮圧する働きを行い、
家康から康の字を拝領するほどであった。


康忠はよほど弓の腕があったらしく、自らが放つ矢には名前を刻んでいた。
あるとき康忠と戦った相手がその名前に気が付き、彼の武勇を讃えて、
合戦で収集した康忠のサイン入りの矢=63本を
その矢で負傷した者の名前の列記と一緒に送り返した。


それを伝え聞いた家康は、奮戦の証として賞賛し、

「先の戦で63本も敵に矢を当てるは凄まじい武勇だ。
 今日からお前は七九郎と名乗るが良い」




この頃、家康は算盤に熱中しており、
63は算法の7×9で七九だから、七九郎を柴田康忠に名乗らせ、
旗の紋も63の文字で描かせたという・・・。

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 22:46:53.00 ID:BWyd7Y2o
後一本射ってたら
八八郎だったのか
七九郎はまだまともでよかった

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 22:50:48.98 ID:YKZTfaPB
>>865
彼、結構武功立ててたんだけど、大名までは行かなかったんだよな・・・
徳川家臣の中でかなり地味な存在

868 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 22:52:04.14 ID:Mx75hyvI
だんだん鉄砲にお株を奪われていったのだろうか

869 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 22:54:27.45 ID:Jea1bxc2
家康にしてはひねったな
六十三郎にならなくてよかった

870 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:28:42.17 ID:bY0Tu3/v
>>869
道場「…」

871 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:29:49.20 ID:gdJA22iw
超人的やな

872 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:40:05.75 ID:x8lG77Nz
そのころ九九があったのかね。

873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:43:39.42 ID:Ve3IEC7Y
wikiより
日本には大和時代に百済から伝えられ、平安時代には貴族の教養の一つとされていたという説があったが、
奈良市の平城宮跡で出土した「九九」を記した8世紀の木簡に、中国の数学書「孫子算経」と同じ
「如」の文字が書かれていることから、九九は中国から伝来したと考えられると、奈良文化財研究所が
2010年12月3日に発表した

思いのほか古くて驚いた

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:48:07.83 ID:1PpWNSF0
複式簿記っぽいものあったらしいからな~
寺子屋では、読み書き算盤 って言うくらいだからその頃には九九はある筈だよね?

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:49:12.60 ID:1PpWNSF0
ガッ!w

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:52:07.42 ID:JynULWh7
先物とか為替があったのは知ってたけど、
複式簿記(っぽいもの)まであったのか

すげー、中世すげー

877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/03(土) 23:55:51.00 ID:BWyd7Y2o
塩野七生の本で、複式簿記はヴェニスの商人が発明したとか書いていたが
日本にも似たようなものがあったとは

878 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 00:09:28.59 ID:W2CxB3oN
宗教関係以外で一番早い時期に活版印刷された本(聖書の次に印刷されたとか)の中に、
複式簿記の説明が含まれてると教わったな~


三成さんが領地が減ってアップアップしてた島津さんに、
複式簿記っぽいものを教えて財政管理の基本に役立てたと聞いた覚えがあったので
まぁ、ソースは忘れたしなんの根拠もない

879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 03:05:22.68 ID:l2eG2DQL
>>873
先週の世界不思議発見でやってたな
平安時代前期の九九を練習したと思われる木簡っが出てきたけど計算が間違ってたってw

880 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 07:53:59.49 ID:qXp58kMb
お前ら、複式簿記がどんなものかちゃんと分かってるの?
簿記の試験を受けた人なら分かるだろうけど

881 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 08:16:58.12 ID:b3SM0iLN
2chソースは信用するに値しないって見本みたいな話

882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 13:57:34.86 ID:olXbQ3YB
紙だけだと面倒だけどなw
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この記事読んだ今始めて四六時中が掛け算だと気付いた…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    柴田康忠って江戸に移るまでは第一次上田合戦でも主力の一人に名前が挙がってるし
    それなりの立場だったと思うんだけど、どこで大名になり損ねたんだろ。
    本人が1593年に死んだ時に嫡男の康長がまだ6歳だったのが響いてるのかな?

  3. 人間七七四年 | URL | X9YaeuAY

    >1

    このコメント読んだ今始めて気付いた…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    四六時中モスキート言ってぇ~

  5. 人間七七四年 | URL | -

    四九郎とか三九郎に当てはまる人もいそうだ
    四十九日に斬苦でどちらも縁起悪いがw

  6. 駄目人間名無しさん | URL | -

    この前やってた水戸黄門で、和算ネタやっていたの思い出した
    文系だから訳分かんなかったわ あれお年寄りも理解できたんだろうか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    自分の子供には幼くても何十万石も与えるのに、家臣には功があっても数万石しか与えない家康に悪どさを感じる。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    四六の裏といったら・・・さんぴん野郎! 落語首アンドンだかチョウチン

  9. 人間七七四年 | URL | -

    六十三郎さんとか、六三郎さんかと思った。
    にしても、こう言う捻りはむしろ格好良いかも。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    御家人斬九郎という時代劇があってだな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    三十六歌仙は四九(死苦)歌仙になるのか
    言い得て妙

  12. 人間七七四年 | URL | -

    漢字の伝来そのものも、出土史料が見つかってないだけで文献上は魏志倭人伝に
    「九州上陸した際に役人が目録の内容と品物を突き合わせて確認する」って書いてあったりするから
    かなり早かったと推測されるし、こういった計算に関しては特に都の建築なんかに大きく関わるから
    これも伝来はもうちょい早かったんじゃないか、とか考えるとワクワクするな
    今後さらに遡ってもおかしくない分野だねぇ

  13. 人間七七四年 | URL | -

    信孝「うちの親父にもこのくらいはひねって欲しかったな・・・」

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    家臣に領地を大盤振る舞いした最上という大名が山形にいてなあ。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    米14
    鮭様は大好きです。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    小さい大名になるより大身の旗本の方がいいような気がする

  17. 人間七七四年 | URL | -

    >>13
    信雄「生まれて初めて兄弟皆が同じ気持ちになれました」

  18. 人間七七四年 | URL | -

    >>17
    信忠「本当にこれだけは兄弟一致で同じ意見だ」

  19. 人間七七四年 | URL | -

    >>13>>17>>18
    五徳「私も同意見ですわ…」
    大洞・小洞・人「兄上様がた、我々も御忘れなく」

  20. 人間七七四年 | URL | -

    名誉とか抜きに考えれば参勤交代しなくていいから九千五百石位の旗本が一番美味しそうだけどなぁ…

  21. 人間七七四年 | URL | LMs.iqQA

    >>13
    >>17
    >>18
    >>19
    某蠣崎さんちの御当主さん「ぐれようかと思ってたけど、天才丸が普通に思えてきたw」

  22. 人間七七四年 | URL | -

    禄も名誉もある喜連川家が最強ってことか。

  23. 人間七七四年 | URL | YqzQT8Bs

    喜連川家は実高1万石に満たない領地しかないぞ。
    しかし大名としての格式を保つために出費がかさんで、代々の当主はたかりまがいの事までやっていたらしい。
    確かここのまとめにも逸話があったはず。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    和算はたしか虚数の概念と近代数学の記号以外は全てあったんじゃなかったっけ?

  25. 人間七七四年 | URL | -

    万石以下の家でも交代寄合の家格の家だと参勤交代がある(任意だから強制ではない)からなあ。
    家格は上げたいが、懐具合も・・・
    当時の武家も色々大変だったろうな。

  26. 人間七七四年 | URL | -

    >>23
    某仙台藩主「毎回毎回、たかられて困ってました」
    某初代藩主「わしはゆすりたかりは得意だったぞ」

  27. 人間七七四年 | URL | -

    ずっと江戸に居られる旗本の方が良いよなあ
    大名だと江戸で生まれ育って田舎の領地に出張しなきゃいけないから可哀相

  28. 人間七七四年 | URL | -

    秀康「父上、それがしの幼名の由来を教えていただきたいのですが?」

  29. 人間七七四年 | URL | -

    >>20
    カープの達川が年俸2000万のところを税金対策で1980万にされそうになった話を思い出したw

  30. 人間七七四年 | URL | -

    >>20
    >>29
    ぐぐってみたら腐れ坊主・信玄の家来筋が9500石で旗本だったそうな

  31. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    こんなコメ欄で無知を晒しちゃって・・・
    秀忠、家光時代の徳川四天王の家が何万石あったか調べてからでなおせ

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/6035-2483fd1c
この記事へのトラックバック