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戦働き以外でも割と活躍していた・加賀美正行

2012年01月05日 22:00

271 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 00:18:20.79 ID:57XaGzHK
戦働き以外でも割と活躍していた・加賀美正行(2)

しかし正行はただの脳味噌筋肉ではなく、行政能力もそれなりに高かったらしい。
父の跡を継ぎ、義理の兄弟である飯富昌景、武田正昌らに与力し文書も発給している。

そのような功績もあり、父の死後、念願叶って本領を回復し直臣に取り立てられた。
その後は北条家との取次役をを務めており、北条武田間の贈答・交易について、
梶原景宗と取り交わした文書が残る(前後は不明だが、子は梶原の娘を娶っている)。

さて、かつての仇敵の家の子ながら、この正行に感服した才気溢れる若い侍がいた。
(調べてみると二人は年齢が一回りほど違う。それが良かったのかも知れない。)

ある時この若者が、正行に相談した。
「私は常日頃の働きでも周りとうまくいかず、臆病者で戦でも人並みには働けないのです」

正行は考えた後、彼らしく簡潔に答えた。
「自分の働きは大したことではないと常に考えることだ。大体自分の受け持った仕事は
大変に思え、他人を侮ってしまいがちだ。特に一人仕事のときはそう思いなさい。
また楽だと思ってやれば楽になるものだし、楽な働きをしていると思えば自然謙虚になる。

戦も同じだ。そもそも命を賭けるのに勇気がいる戦というのは、懸命する必要のない戦だ。
恩賞目当てでなければ別に臆病でも良い。男子一心あれば、必要なとき身体は勝手に動く」

若者はやがて頭角を現し、信玄から次代の中心人物と目されるようになる。
その名は金丸惣蔵、後に「片手千人斬り」で武田の末期に花を添える、土屋昌恒である。

(加々美呈譜)


しかしwikiによると昌恒は13の初陣で父の仇の部下を討ち取っているという。
決して臆病ではないと思うのだが。がむしゃらの初陣以来、スランプに陥っていたのだろうか。
正行はそれを慰めようとしたのかもしれない。





274 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 01:30:18.00 ID:lVAXxZtt

>>271
どこの系譜でもそうだが、後世名門で高禄なほど完全超人に近づくんだよなwww
かがみんならまだしも、大老を出した土屋さんの「十三の初陣で敵討ち」がどこまで本当か・・・・。

275 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/01/05(木) 02:13:59.78 ID:fCq9P/8C
>>274
偉くなるほど箔付けをしたがるものだけど
仮に本当だった場合、そんな話が掃いて捨てるほど武田家は猛者揃いだったのかもしれないw

276 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 03:51:06.43 ID:ymtgiK8i
>>274,275
土屋昌恒の初陣の逸話は、別に後世に子孫によって先祖顕彰のために作られたわけじゃなくて、
たしか甲陽軍鑑に載ってる話で、
元今川水軍の岡部貞綱が昌恒を養子に迎える切っ掛けになる話
(駿河侵攻の際、昌恒が初陣で今川家臣だった岡部一族の家来の首級を上げた。
貞綱が武田家に降って信玄から土屋姓を与えられた後、初陣での昌恒の戦いぶりを覚えていて、
その武勇に惚れ込んで強く希望して昌恒を跡継ぎとして養子に迎えたってな感じの話だったはず)
だから、
甲陽軍鑑の信憑性を疑うっていうなら、まぁ別に異論はないけど、
子孫が箔づけに話を盛ったんじゃないかっていう突っ込みは的外れだと思う。

あと、土屋昌恒の天目山での戦いっぷりに関しては、甲乱記や武田三代記だけでなく、
信長公記でも褒め称えられているほどだから
(土屋昌恒は、弓を取り、矢をつがえては放ち、つがえては放ち、矢数が尽きるまで射尽くして
屈強の武士を多数射倒した末、勝頼の後を追って切腹した。高名を後代に伝える、比類なき働きであった。)
昌恒が当時甲斐によくいた猛者の一人だったってことは、間違いないと思われ。

土屋家が後に引き立てられたのは、孫の数直が家光とアレな関係になったってのも大きいけど、
もともとのきっかけは、昌恒の忠節と武勇が当時有名で、その七光りに子の忠直が与ったっていうのが素直な見方で、
子孫が出世したから昌恒の経歴が派手になったわけじゃないと思うよ。

277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 09:11:47.87 ID:Vo6zjDew
確かに親の七光りだったろうな 家康が昌恒の忠勇を知ってその子供を探し出して秀忠の小姓にしたそうだし

278 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 13:09:24.89 ID:lVAXxZtt
>>276
そうなのか。浅学失礼した、ご教授ありがとう。
そうするとこの逸話も、本当に初陣以降のスランプを慰めた話なのかもしれないね。

臆病と思っていても、見事に体は動いたんだな・・・・。

279 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 13:50:01.22 ID:YwwRjh6Y
>>277
高柳光寿先生もそんなこと書いてたな。

280 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/05(木) 15:41:32.78 ID:ymtgiK8i
>>278
土屋昌恒って人は、色んな逸話から知る限り
幼い時から英明で知られ
武勇については上で述べたとおり、修羅の国甲斐でも名が高く、
忠義についても、天目山だけでなく、長篠の戦から敗走するときも
初鹿野伝右衛門とともにただ二人勝頼の傍から離れず警護していて、
加えて、内政官としても、跡部勝資には及ばないものの、
10代のころから奏者として働き、結構な数の朱印状の発給している有能っぷり、
更に分をわきまえた性格良しっていう、
リアル完璧超人で、
武田家があと10年生き延びていたら、
東のミスターパーフェクトと呼ばれていてもおかしくない逸材なんだけど、
今一知名度が低いのが泣ける。

>>271の逸話も、昌恒の経歴を知ってから読むと、
実際にスランプだったってよりは、兄の土屋昌続と義父の土屋貞綱が共に長篠の戦で討死したせいで、
わずか19歳(数えで20歳)で、兄の土屋家と義父の土屋家を両方継ぐことになり、
かつ重臣総討死状態の武田家を若年の身で支えなくてはいけない立場になって、
武田家を守るべく、早く実力をつけるために
どんなことでもいいから先輩から学びたいっていう向上心の表れにしか見えなかったり。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    陸戦型モンスター多数にミスターパーフェクト候補も信繁に昌恒といて何故滅んだのだ武田家…

  2. 人間七七四年 | URL | LkZag.iM

    武田家って人材の宝庫なのに一回の合戦でごっそり喪失してるイメージがある
    川中島とか長篠とかのせいで

    本当に残念でならない

  3. 人間七七四年 | URL | -

    武田義信「俺のパーフェクトを見せてやるぜ!!」

    武田信豊「なんの、私のパーフェクト離脱をご覧にいれようぞ。」

    穴山信君「ははは、私のパーフェクト寝返りを見よ!」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>2
    砥石崩れとかもな・・・。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    長篠合戦時は、周辺との関係や状況が最早どうにもならないレベルになってたみたいだから仕方ないけど、川中島は本当に痛かったよなぁ…
    信繁を筆頭に、諸角虎定・山本勘助etc…

    一回の合戦で大量の人材を喪い、大名としては滅亡したけど、後に高家として復帰した今川や大友との違いは何だったんだろう…と思ったら、一応高家としてなら残ってるんだな武田家

  6. 人間七七四年 | URL | -

    武田正昌
    これってなんて読むの?
    額面通りだと「たけだまさまさ」w

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※4

    砥石崩れに関して言えば、板垣・甘利を失ったから信玄が自分の意の通りに動く四名臣を取り立てられて専制的な力を確立できたって説を見たぞ。
    それをベースにした「砥石崩れは半ばわざとだった」なんてトンデモ説もあった気が・・・

  8. 人間七七四年 | URL | -

    >>6
    ネタだと思うが、マジレスすると「まさよし」だぞww

  9. 人間七七四年 | URL | -

    6殿
    佐久間信信「呼ばれたような気がして・・・」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    関係ないけど、週間日本の100人ってデアゴスティーニのCM、創刊号は織田信長なのに、ナレーションは「創刊号は織田のぶなり」って断言してて笑った。

    誰も気づかないのかねぇ..

  11. 人間七七四年 | URL | -

    断言wwwww

  12. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    武田の兵士は勇猛なんだから陣頭で指揮を取る指揮官も勇猛である、とすると
    指揮官の損耗率は高くなりそうだな、という指揮官の意見
    信長並の逃げっぷりを見せたら人心が離れてしまうのでは?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    典厩Jr.「御家の存亡を賭けた戦で逃亡とかないわー」
    梅雪「勝頼から人心が離れるのは当然」

  14. 人間七七四年 | URL | -

    有楽斎「逃げるくらいなら腹を召された方が武人ぞ!」

    某ヒャッハー「人質を盾にして逃げるとか最低だからな!」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    有楽斎「逃げるくらいなら腹を召された方が武人ぞ!」

    某ヒャッハー「人質を盾にして逃げるとか最低だからな!」

  16. 人間七七四年 | URL | -

    この流れもういいから

  17. ※6 | URL | -

    ネタだったのか・・・
    黒田孝高も最初は「たかたか」って読めたなーw

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