FC2ブログ

山県昌景「我らはこれより討死いたします。」

2012年02月04日 21:54

955 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/04(土) 02:25:09.55 ID:zNe63Or/
1575年、武田軍と織田・徳川連合軍との対決である長篠の戦いを前にして、山県昌景は他の重臣達と共に
信玄の死後に後を継いだ武田勝頼に対して自軍の不利を説いていた。しかし、それは聞き入れらないまま
決戦当日を迎えてしまった。
それでも昌景はもう一度だけ諌めようと勝頼のもとに向かったところ、

「くどいぞ昌景!お前ほどの者でも命が惜しいか!」

と侮辱するかのような返事を受けた。これに怒った昌景は

「我らはこれより討死いたします。勝頼様も討死遊ばされよ。」

と吐き捨てると、大声で

「犬に説教する様なものだったわ。皆、討死だ!」

と怒鳴りながら出陣していったという。 




966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 12:35:44.71 ID:IBGNsZq6
>>955
信繁が生きていたら何か変わっていたかも知れないのになとつくづく思う

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 12:50:43.13 ID:EFN4a98/
勝頼と昌景が対立って筋書きは昔からあるけど個人的には疑わしく
思っているんだよね
各方面の責任者の中では勝頼の方針で最も恩恵を受けているはずだし、
重用されてるのも明らか

969 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/04(土) 13:44:34.29 ID:MVdk/Rxx
>>968
気持ちは判るけど、真贋判定は逸話スレの守備範囲外って事で。

970 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 14:01:37.21 ID:jd0/x7zK
>>968
その件の一次史料が残って無い以上真実など分かりっこなく
軍鑑の記述を信じるか信じないかだけの話

973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 14:22:25.48 ID:gTIdjLt4
>>955
昌景かっこいい

979 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/04(土) 17:54:55.97 ID:DjqDH+tA
昌景って猫口だったんだろ?
「我らはこれより討死いたします。勝頼様も討死遊ばされよ。(`・ω・´)シャキーン」
「犬に説教する様なものだったわ。皆、討死だ!(`・ω・´)クワッ!」
なんかほのぼのしちゃうな

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 19:34:59.58 ID:EFN4a98/
真偽を追求するのは本意ではないので申し訳ない

勝頼って同情心が沸いてくる人物で、明らさまにsageな話を見ると
敗軍の将だからある程度は仕方が無いけどいくらなんでもあんまりだ、
という感情が沸いてくるんだな

983 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 19:57:17.68 ID:gTIdjLt4
まあそれはそうと
討ち死に宣言して本当に壮絶に討ち死にしていく昌景はかっこいい
激怒した武田軍に決死の特攻される織田徳川のひきつった顔を想像するのは楽しい

984 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:06:32.99 ID:xEbrWwuJ
家康の山県好きは異常すぎ
家臣に山県と同じ兎口の子供が生まれた時に本多山県と名付けるくらいだから
天目山の後、旧武田家家臣(特に山県の家臣)を積極的に採用してるし

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/04(土) 20:19:25.47 ID:yylTmwW/
>>982
江戸期に武田賛美が盛んになる
→しかし武田家は滅亡した→勝頼が悪かった
て感じの論調になったんじゃないかな
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    かっこいいんだけどなあ。
    運命への最後の抵抗って感じで、悲愴感漂うセリフだなあ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    猫口ってか兎口じゃなかった?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    差別的な表現って言われる可能性もある言い方だと「兎唇」「みつくち」だな。
    長篠の合戦は諸説あるけど、山県を筆頭に主要家臣が壊滅的に討死してるし、
    単なる合戦以上の、メンツとかがかかった何かがあったんだろうな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >>3
    負け戦の経験が絶対的に不足していたんだと思う。
    平地ではなく、地形を利用した戦い方があり、山岳戦を得意とする武田軍だけに、勝ち目があると踏んで開戦した。
    …んじゃないかと。

    退けば内部分裂で滅亡か併呑の将来しか見えて来ない以上、戦って勝つしか将来はない。と考えたんじゃなかろうか?


    個人的には誰か重臣あたりが「寝返りますから攻めてください」と偽降伏で釣り上げたとかのエピソードがあってもいいと思うの。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    佐久間信盛「本当に寝返っておけば良かった・・・」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    つか甲斐の国は攻め入れられたら終わりだから外で決戦するしかないんだよねえ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    三国志でいう蜀の国みたいなもんか。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    米5
    岡崎三郎信康「左様でございますなぁ」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    自分の中の山県昌景の容姿は指輪物語のギムリ

  10. 人間七七四年 | URL | -

    重臣が軒並み突撃して死んでったのは御旗と楯無に誓う重さみたいなものだと思ってたけど、
    ※4読んで現実的な理由があったのかと納得した。

  11. 人間七七四年 | URL | IY7bLZJE

    どの道長篠の時点で国力は織田(+徳川)とはダンチ
    甲斐の金山は掘り尽くして生産下降の一途
    一応勝頼側も和睦を探っていたけど、信玄の件で信長は断固根切りの方針
    典厩△が健在+三郎兵衛が無双しても早いか遅いかの違いではないかと
    敢えて武田が存続するシナリオ想定すると、あの時点で信玄が西進=天下を諦めるくらいかなぁと
    IFなんで妄想として片付けてくださいw

  12. 人間七七四年 | URL | -

    徹底抗戦なら滅亡まっしぐら、恭順ならノブの機嫌次第って感じだったのかね

    ノブと武田には因縁があり過ぎて絶対軽い処分にはならなかったろうが

  13. 人間七七四年 | URL | -

    大軍を後ろに撤退すれば最悪刀根坂の朝倉軍のようにまともに戦闘も出来ずに崩壊しかねんから、ここで決戦を選んだのは間違いじゃないと思うんだがな

  14. 人間七七四年 | URL | -

    太田道灌の今際のソレみたいな素晴らしい恨み節に
    『主従』とは『忠勤』とは?何なのか問答したくなる

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/6174-e26df534
この記事へのトラックバック