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水野勝成は出陣の景気付けに

2012年02月06日 21:53

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/05(日) 19:38:01.57 ID:ceyndC/V
大阪の役を目前とした時期、水野勝成は出陣の景気付けに、
家臣たちと酒宴の席を設けた。
宴も盛り上がって来た頃、勝成は杯を皆の前に掲げ、上機嫌で言った。

勝成「おい!この合戦で『我こそは大将首を上げてやる!』という者は前に出よ!
   前祝にこの杯をとらしてつかわす!」

家臣一同「・・・・・・」

勝成「・・・・・・おい、誰かおらんのか?」

家臣一同「・・・・・・」

勝成「・・・・・・おい、誰もおらんのか!?」

気まずい空気が流れた。
いくら酒の席のことであっても、主君と家臣一同の前での首取り宣言。
果たせなければ、単なるお調子者。家中の笑いものになることは明白である。
たかが酒宴の座興にしては、武士としてあまりにもリスクが大きすぎた。
が、誰も名乗りでなければ、それはそれで勝成に恥をかかせることになる。

『く、空気が重い・・・』『だ、誰か名乗り出てくれ・・・』
『ちょ、と、殿がキレかけてるぞ?』『早く、早く誰か・・・』

その時、河村新八郎という若者が進み出て、首取り宣言。勝成から杯を受け取り、呑み干したのである。
勝成の機嫌も直り、一同はホッとしたものの、今度は新八郎のことが心配になった。

「お前、なんであんなムチャな宣言したんだよ?出来なかったらどうするんだ」

「だって、誰かが名乗り出ないと殿のお立場が無かったでしょう?
 まあ、大将首が取れなければ切腹すれば済むことですよ」

そして大阪の役。
河村新八郎は大阪方の豪傑 薄田兼相と一騎打ち。
見事その首をあげ、家中のみならず天下にその名を知らしめたという。





761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/05(日) 20:51:30.46 ID:Kde3qX/o
ただの酔っぱらいか、それとも死兵状態を作り出す作戦なのかわからない
無頼者と名君、両方のイメージあるし

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/05(日) 20:56:20.41 ID:LDCtRY8S
昔の自分を基準に考えて名乗り出る奴なんぼでるいるだろ
くらいの勢いだったのかな?

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/05(日) 22:02:27.03 ID:0zdz7MT7
>>759
当時の勝成は3万石程度の小大名でいきなり
大和口の総大将を任命されたからな。
後藤又兵衛や真田幸村といった豊臣方の主力相手に
自分より格上の伊達政宗や松平忠輝といった
ひとくせもふたくせもある連中を率いらなければならないという
プレッシャー(いくらあの勝成でもあっただろう)で一杯だった。
そういう時の景気付けの酒宴だから勝成も相当気合が入っていただろう。
だからこそ河村新八郎の首取り宣言は勝成にとっては相当うれしかったのだろう。
たとえハッタリでもいいから場を盛り上げたかっただろう。
それに応えた河村新八郎もすごいけど

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/05(日) 23:16:11.41 ID:fQ6Vj62c
薄田さんかー。狒々退治とかの逸話と橙武者の差が激しい人だなー。

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 02:01:53.17 ID:BvjymRen
薄田さんと岩見さんには一応、別人説もある

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 17:41:51.83 ID:MLSXUNRB
>>763
総大将は松平忠輝、勝成は先手大将

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 18:28:20.07 ID:GxVBBIF5
たかだか三万石で大坂城攻めの先鋒を勤めるのは怖すぎて
普通の武士ならテンション上がらない

・・・勝成は別として

774 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/06(月) 19:53:02.91 ID:CsLik4wO
さすがに勝成も初めは先峰を辞退したけど
家康が先峰はどうしても先峰は譜代じゃないといけないと勝成を説き伏せて先峰を任命した。
その時の条件が兵士の生余奪権と成功した際に十万石以上の所領だった。


775 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 19:59:08.25 ID:vou0y3iK
名乗り出るのが居なかったらお前ら大将首を取ってこなかったら俺が殺す、ってなってた可能性もありそうだなw

776 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/02/06(月) 20:05:09.34 ID:WFrRyY/U
>>774
そう言う流れなら勝成の家臣への無茶振りも解らんではないな
兎に角勢い付けたかったんだろ


777 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 20:29:02.10 ID:iodz87Hl
>>775
むしろ酒の勢いも相まって「じゃあ俺が穫ってくるからそこで震えて見てろ!」ってなりかねんのじゃないか

778 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 21:41:43.27 ID:CsLik4wO
十万石の件だが、相変わらず大将自ら先陣を切って戦った為、家康の怒りを買って大和郡山六万石に抑えられたけど(それでも倍増だが)
家康の死後、約束通り勝成の縁の土地である備後福山十万石が与えられた。

780 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 22:17:13.05 ID:WYFK1w6+
>>772
水野関係の本だと、水野が総大将っている
実際、松平忠輝は戦線参加してないし
水野が指示で戦ったことは、いろいろな逸話からわかる

781 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 22:31:25.58 ID:MLSXUNRB
>>780
そりゃ総大将は普通は戦わない

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/02/06(月) 22:34:45.71 ID:WYFK1w6+
ちょっと誤字が見苦しかったんで

水野関係の本だと、勝成が大和口総大将と書かれている
実際、松平忠輝は戦線参加してないし
水野の指示で戦ったことは、いろいろな逸話からわかる

ちなみに俺が読んだ本は、
「福山物語 開祖水野勝成一代記」「福山開祖・水野勝成
残念ながら>>759の逸話は書かれてなかったように思うが、
河村新八郎は大垣城攻めのときにも活躍しているようだから、
このころは若くなかったように思う
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    軍役って確か1万石当たり200人とかだよな?600人とかそのレベルの小部隊で
    先鋒を強いられた挙句に主君が先頭に立ったから咎められるってさすがに可哀想…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大将が一番槍やっちゃいろいろまずいし、
    かなり厚遇されたほうだとおもうんだがなぁ……

  3. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    家康の怒りはあくまでもポーズ。
    秀忠が加増する事により、秀忠に忠誠が向くようにした。
    …のではないだろうか。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    まあ徳川からもかなりの兵数が派遣されてるから
    水野隊は結構な人数だったらしい

    一番槍にしても、徳川からの派遣の戦目付がいたからバレバレ
    もっとも、その戦目付も一緒になって二番槍、四番槍(三番槍は息子の勝俊)と
    やっちゃってるので

    兵を指揮する側が、みんな先頭にいるんじゃ
    そりゃ、怒られるのも無理はないかと思うw

  5. 人間七七四年 | URL | -

    先頭から10人撃てば先手大将、戦目付、大将の子、戦目付が居るって
    黒田のb・・若殿や蒲生さんよりひでぇやw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    勝成「ものどもいくぞー」
    目付「大殿から先頭に立つなとの御命令が!」
    勝成「関係ねえ、よっしゃ一番槍」
    目付「なにおぅ拙者が二番槍でごさる」
    目付息子「父上につづけー」
    家康「お前らー!」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    家康も苦労が絶えんな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    何気に権現様も若い頃はイケイケだからな
    三方ヶ原があったからこそ武家の棟梁として大成したんだろう

  9. 人間七七四年 | URL | -

    家康は勝成の性格をわかっていて、わざと先鋒を命じただろう!!
    天王寺・岡山合戦の本多忠朝の先鋒とか松平忠直の抜け駆けとか・・・
    ザコ相手に余裕で勝てるのに
    どれだけ譜代大名に無茶させてるんだ(w)

  10. 人間七七四年 | URL | -

    しかもその先頭集団には
    宮本武蔵までいたらしいと言うから
    どんだけ物騒な集団だったのか

  11. 人間七七四年 | URL | -

    そのまま誰も名乗りを上げなければ
    なんだおまえら情けないな、手本を見せてやる
    とか言って自分の手で大将首を取ってきそうな気がする

  12. まさ | URL | -

    大和郡山の住人だが、今でこそ中途半端な田舎でしかないこの町が結構有名なひとの領地になってたんだな

  13. 人間七七四年 | URL | -

    郡山は豊臣時代には豊臣秀長・増田長盛と側近中の側近が領していますね。
    江戸時代でも水野・松平(奥平)・本多(忠勝系)2家と譜代でも中心的な家に
    任せていますし、その本多家で悪名高い9・6騒動の舞台にもなっています。
    ところがその後辺りから幕府内での重要性が堕ちたのかこれといった軍事力が無く
    政治の中心からも滑り落ちた吉保以降の柳沢家が甲斐から転封してきます。
    以降は領民にとっては有難いことですが、特筆される事件も歴史の舞台になる
    こともなく安定した藩政の下、明治維新そして現在を迎えます。
    おそらく、15万石という立派な中藩の城下町ですが飛び地領が多く、奈良の
    経済力に負けることで大和内の地位が堕ちていったんでしょうね。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ふと思ったが、勝成ってDQN四天王の一角として相応しいんじゃないだろうか。今まで挙がってるの見た事ないけど。

    戦国DQM四天王の条件としては

    ・日頃の所作がイカレている事

    のみならず、

    ・武将、君主、文化人として優れた能力をもっている事

    もあるので、DQNと名君の両面をもつ勝成にはぴったりだと思うんだが。少なくとも「酒飲んだ時限定DQN」の市松よりは。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    いや、他の四天王は生涯通じてDQNな部分が抜けきれないままだが(鬼は例外)、勝成は名君モードになるとDQN成分が大人しくなってしまってる。
    それに5人目の四天王は「スタメンにはなれない」的なニュアンスが濃いから5人目ポジションで福島正則を超える適格者は今のところいないと思う。

  16. 人間七七四年 | URL | aNn4.8kc

    >>12 >>13 居館と有事要害、のように、
    平安京でナニカあったら、逃げ込む先は奈良盆地さらには吉野山中
    旧仏・修験道などの不可侵宗教勢力が、ゲリラ活動を支援してくれる
    壬申の乱から南北朝まで、鉄板パターンゆえに重要地だったけど、

    江戸に遷都したあとは、この役目、不要になる
    宗教統制もバッチリで、巨大な第三勢力も無くなる
    大坂と海運が重要になり、山林経済も全国山伏情報ネットも強みがなくなる

    そんな時代の変化もあるかと

  17. 人間七七四年 | URL | -

    >782
    多分「難波戦記」
    その本では新八郎は、勝成の小姓というポジションだったと思う。

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