北条氏政の第二次国府台合戦

2012年03月10日 22:00

235 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 07:50:08.23 ID:SXHCuWTR
永禄6年(1563)1月、江戸城の守将、太田美濃守康資の上杉方への寝返りにより、安房の里見義弘が侵攻。
ここに第二次国府台合戦が起こる。

7日、大田の寝返りを察知出来なかった江戸城守備の同僚、遠山綱景、富永直勝らはこの恥辱を雪ごうと
無理な戦いを行い逆に百騎ばかりを討たれ大敗、里見軍はこの勝ちに乗じさらに攻勢を仕掛けた!

と、ここに立ちふさがったのが、この軍の大将である北条氏康嫡男・北条氏政である。
彼は遠山たちの軍の敗北を聞くと旗本に

「敵は勝ちに乗じてここまで攻めてくるに違いない!これを断固討つべし!」

そう下知し、少数であるにもかかわらず敵の来襲を待ち構えた。
案の定攻め寄せてきた里見軍を、氏政の旗本衆は勇猛に切り崩す!
その攻勢を止めただけでなく更に押し返し、首四五十を取る大勝を収めた。
この、勝ちに乗じた敵の大軍を、氏政の旗本だけで防ぎきった戦いぶりに、諸卒は
「氏政様は前代未聞の猛大将である」
と大いに感じいった。

さて、氏政は里見を追い返すと直ぐに、父氏康の居る本陣へと向かった。
本陣では未だ氏政の勝利を知らず、諸将を集め遠山たちの敗北にどう対処するかの軍議が行われていた。
そこに入ってきた氏政は先の戦いを報告し

「私は遠山たちが敗北した時、郎党2名を敵に紛らせ、向こうの陣中を見てくるようにと命じました。
彼らが帰って報告した所によると、里見軍は遠山たちを討ち取ったことに油断し、その諸軍勢を
国府台に悉く上げ、しかもそこで酒宴を行い千秋萬歳をうたっているそうで、その内の一隊たりとて
敵に備えようとする姿勢すら見えないそうです。

敵が来ると言うことを頭から考えず、主人は家来が何処に居るのか、家来は主人が何処にいるのかも
わからない有様だとか。全く、軍規は完全に乱れ、軍隊としての体をなしていません。
これでは義弘の運の末に、災を招かないわけがありません。
今御味方が彼らを急襲すれば、彼らの軍のうち正面の兵は国府台を降りて戦うでしょうが、中軍で
反応できるのは半分程度、後陣にいたってはこの戦いを見物することしかできないでしょう。

しからば、正面の敵は蟷螂の斧に過ぎず、これさえ切り崩せばそれだけで里見軍は崩壊します。
国府台を攻めましょう!私が先陣をつかまつります!」

これを聞いて氏康は考えた。早朝の遠山たちの敗戦は、日の出で朝の光が挿し込むところを、里見軍は
太陽を背にする形で攻め寄せてきた。それに視線が遮られ、それもあって彼らは敗北したのだが、
今は未の刻(午後1時頃)も過ぎ、これからは東にある敵こそ、太陽光線を正面に受ける。

「よろしい!国府台を攻めよ!」

この戦いに北条軍は大勝。里見は多くの重臣や名のあるものを討ち取られた。


北条氏政の奮戦と知略が光る、第二次国府台合戦のお話である。
(鴻台後記)




236 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 09:33:19.45 ID:bk4aBLps
これは氏政のイメージが変わるいい話だな。
最後の最後で滅亡したせいでイメージ悪いけど、北条の版図を最大まで広げた
名将のはずなんだよな、氏政

237 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 10:06:46.39 ID:3jGOBb4k
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3042.html
まあ、一応、逸話そのものは既出
ちなみに翌永禄7年にも国府台で合戦があったとみられていて、
いままでは1年ほど開きのある両合戦をひとつの合戦として扱われてきた

時系列的には上杉の救援に来た里見勢を国府台で迎撃・撃退
康資の謀反失敗と里見によるその救援と失敗って感じなのかな

まあ、どっちにしろ里見はこれで房総に押し込められるんだけど
槍大膳の息子信茂が生き残っていたら、国府台以後の結果も多少違っていたかな?

238 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 16:33:42.91 ID:rxuTqEh7
>>236
武田の版図を最大まで広げた名将→武田勝頼
大内の版図を最大まで広げた名将→大内義隆

こういうのって版図を広げるために無茶をするのが原因なんだろうか。

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 17:06:52.61 ID:m286eOjF
~家の版図が最大になってる時って周囲の勢力も巨大になってることが多いからね

240 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 17:10:44.15 ID:4zSvJL0n
上の立花さんの話と関連付けるなら、版図の広さにも己の分というものがあるって面もあったろう
元就の訓戒例もあるけど

241 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 17:34:09.46 ID:lLG4Kp3L
>>238
この3人が投資トレーダーやったら一気に稼いで一気に破産しそうw

242 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 17:44:15.64 ID:F+QGeJxP
>>238
原因 もっと強い奴がいたから

243 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 18:26:50.98 ID:UE5C+ZI7
>>238
>大内の版図を最大まで広げた名将→大内義隆
大内の最大版図を築いたのは義弘じゃね?

244 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 18:42:41.79 ID:79bp8Zno
義隆の時期は将軍家以上の権勢を誇ってるし
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    冷静な判断力と剛毅な決断力。正に戦国大名という感じだね。
    ただ、それだけじゃ勝ち残れない時代になっていたのが氏政の不幸なんでしょうね。
    氏康も信玄も謙信も全盛期の秀吉とかち合えば、良くて島津・長宗我部コースだった
    でしょうね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    それはどうだろw少なくとも信玄・謙信のどっちかが健全なら、本能寺の起きた時点で秀吉自身生き延びられたんかな。
    武田は生きてただろうし、毛利もバカ正直に追撃しませんとはならないと思う。
    むしろ強敵が減ったからこそ築けた最盛期だろうな。
    秀吉の全盛期は

  3. 人間七七四年 | URL | cwHBdaMk

    氏政…なんだ、ただの名将か。
    後北条は氏康までかと思ってた。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    武田が滅亡し上杉も滅亡寸前までいったから本能寺が起きた説

  5. 人間七七四年 | URL | -

    氏政ね………優秀なんだけどなぁ
    でも例に挙がってる三家の中で唯一家名が残ってるんだよな
    確か自分たちの分を弁えて、四兄弟で役割分担してたんだよな
    最期まで仲良かったから上手くいってたんだろう

  6. 人間七七四年 | URL | -

    兄弟で殺し合いどころかお家騒動してないってのは、やはり小田原北条家の特徴だろうなぁ。
    でも一枚岩だからこそ、小田原征伐でああなった、ってことでもあるんだろうし、家(家名)を残すってやはり名将クラスでも難しい物があるんだろうなと思う。

    まあ、親子兄弟仲が悪いよりは良い方がいいんだろうけどな。古代から一族関係悪い家は自滅してる感があるし。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    質問を許して欲しい。
    この手の話で「敵の首幾つ取った」等の記述があるのだけど、
    これって「ちゃんとした鎧兜を付けた武将」を討ち取ったと言う
    意味なの?それとも雑兵も含めてと言う意味なのかな?

  8. 人間七七四年 | URL | 699H0WC2

    雑兵含めて、だろう。
    (首級数は北条のオーバーな表現って可能性もあるだろうけれど)甲冑武者四百五十名討ち取られたって言ったら国家運営成り立たないレベル

  9. 人間七七四年 | URL | -

    >8さん
    回答有難う御座います。
    今迄雑兵は捨て置きって認識だったから、首捕るって言葉が
    その通りなのか?表現の一種なのか?判断出来なかったんだ。

  10. 名無しさん@ニュース2ちゃん | URL | 0Q3WCu86

    甲冑武者450人討ち取ったら、遺品の武具だけでも一財産築けるだろうなあ。
    雑兵だって結構馬鹿にならない気がする。回収してるかは知らんが。

  11. 人間七七四年 | URL | m.2.LkcQ

    東条英機「そうそう、俺が総理大臣だった時が日本が一番強くて、一番領土が広かったんだよ。
    だから俺は名将なんだよ、負けたのは俺がヘボだったんじゃなくて、たまたま強いアメリカと当たっちゃっただけなんだよ。
    いやーなんか勝頼や氏政は他人な気がしないな、名門の家を滅亡させてしまっただけでヘボ扱いなんて可愛そうだよ。
    『誇りある将は自決』がデフォの時代に、自殺一つまともに出来てないコトにも親近感を感じるね」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    「四五十」って450じゃなくて4~50って意味やで

  13. 人間七七四年 | URL | -

    多くは兜首ですよね?

  14. 人間七七四年 | URL | 699H0WC2

    うおっ、本当だ…恥ずかしい……
    自己弁護じゃないけど、
    たとえば、
    『信長公記』より、月岡野の合戦では、斎藤新五郎が数に勝る上杉方河田・椎名の軍を破り、首かず三百六十を取った、とある。
    そんなに甲冑武者は居ないだろうし、やはり雑兵、中間、従者含めての首数で正しいと思う。
    藤堂さん家みたいに「足軽・中間まで冑を著」る家なら別かも知れないけど、それはほんの一部だけだろう。
    例えば、上杉家中では長柄兵も陣羽織だけであったというから、里見家中も足軽や従者も最低限の装備であっただろうと思う。

    この、国府台の前哨戦で死者が五十名って事は負傷者はその倍以上は居るだろうから、氏政は里見の一部隊を戦闘不能状態にしたってところだろうか。

  15. 人間七七四年 | URL | 699H0WC2

    うおっ、本当だ…恥ずかしい……
    自己弁護じゃないけど、甲冑武者を五十名でも討ち取られたって言ったら軍が成り立たないと思う。
    たとえば、『信長公記』の月岡野合戦では斎藤新五郎が数に勝る河田・椎名の軍を破って首かず三百六十を挙げた、とある。
    甲冑武者はそんなに大勢居ないだろうし、やはり雑兵、中間、従者含めての数で正しいと思う。
    藤堂さん家みたいに「足軽、中間まで冑を著」る家は別かも知れないけど、
    例えば上杉家中では長柄兵も陣羽織のみだったと言うから、里見家中も最低限の装備であったろうと思う。

    国府台の前哨戦で死者が五十名って事は負傷者はその倍以上は居るだろうから、氏政は里見の一部隊を戦闘不能状態にしたってところだろうか。

  16. 人間七七四年 | URL | 699H0WC2

    ごめんなさい、二重投稿してしまった……

  17. 人間七七四年 | URL | -

    小早川秀秋「大事なのは数よ、数。女?子供?非戦闘員?何のことかさっぱり…」

  18. 人間七七四年 | URL | -

    結局のところ豊臣に従わなかった理由って何なんだろうな

    それまで外交政策で失敗した感じはしなかったのに

  19. 水無月葉月 | URL | -

    >>18
    勝頼のときにも書いたけど、失敗しなかったことが失敗の原因だろうと思います。
    「今までこうやって成功してきた」
    「いままでこう考えてこういう結論だして、こう行動して、そうして結果だしてきた」
    「名将と呼ばれ、讃えられている先代以上の成果を出せてきた」
    『だから、今回も大丈夫だ』

    そう思い込み、慎重さ、よい意味での臆病さを欠いてしまった。
    イケイケで押して道を切り開いてきた名将の、初めての負けが、まさに致命傷だったのでしょう。


    また、小牧長久手の戦いの折に徳川家康に負けたことも、家康に「負けなかった」氏政に「家康に負けなかった自分が、家康に負けた秀吉に負けるか」と思わせる原因の一つになっていたのではないでしょうか。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    謙信にも勝ったしねえ。耐えてればどっかで離反大名出るだろうという判断だったんだろうね

  21. 人間七七四年 | URL | -

    >籠城
    つまり、自宅警備員(ニートや引き籠り)は、
    何時か必ず勝つって事ですね。わかります。

  22. 人間七七四年 | URL | -

    最大版図=あとは衰えるor現状維持しかないわけだから最大版図以降は衰退期っていうのはよくある話

  23. 人間七七四年 | URL | -

    >最大版図の後
    ある意味ダイエットのリバウンドと一緒だと思う。
    領土・力・人等があるからこその、衰退。
    勢力が小さければ、吸収されてお終いだし。

  24. しかし味噌汁は飯に二度かける

  25. 人間七七四年 | URL | -

    そもそもそこから減ったからこその最大版図なわけだし
    築いてそのまま没しない限り衰退の当主になるのも必然だよな

  26. 人間七七四年 | URL | W/LxBD3s

    >24
    その逸話を聞いたとき、その程度のことで器量を判断するなよ、と思ったりした。

    氏政名将説が普及したら汁二杯の逸話は、氏康の器量の小ささ(了見の狭さ)を示す逸話に転じたりするのかな。
    まあ、難しそうだが。

  27. 人間七七四年 | URL | -

    でも味噌汁ネタは他の武将にも結構あるからなぁ。小馬鹿にするテンプレみたいな
    もんだから気にするほどでもないな。

    ていうか名将とまではいわなくても、良将であったことは多分間違いないんだから
    早く再評価の流れになって欲しいもんだ。そうじゃないと北条五代なんて大河が
    いつまで経っても製作されないじゃないか!
    氏政の切腹シーンで戦国時代が終わるところを見たいんだよ!

  28. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    忠良以降の伊作島津家もそうだけどな。

  29. 人間七七四年 | URL | -

    何で東絛が出てくるのかわからん『「一緒にしても意味無し
    あれは領地というより現地の独立鼓舞だろ。
    版図すら築けない腰抜けは論外だな。」』

  30. 人間七七四年 | URL | -

    何で東絛が出てくるのかわからん『「一緒にしても意味無し
    あれは領地というより現地の独立鼓舞だろ。
    版図すら築けないてめぇら腰抜けは論外だな。」』

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