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太閤様も認める九州の強者竜造寺

2012年04月24日 21:29

776 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 11:39:31.49 ID:j7ofBqol
太閤様も認める九州の強者竜造寺

山本常朝
『太閤様が薩摩を攻めておられたとき、
軍奉行の人たちから、先陣の竜造寺、鍋島の佐賀勢が軍法に背いた進軍をしているので、
けしからないことでありますから、どうか軍列を正すように、と太閤様に申し上げた。すると、

秀吉公
「戦をするのに決まった型や軍法というものはない。敵に勝つことを軍法とするのだ。
竜造寺は九州でも有名な強者たちである。
きっと、あのままで自信があるのだろう。
なまじ下手なことを言うと恥をかくぞ」

とお叱りになったとのことだ』


関連
鍋島の行列がみっともないのは
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4623.html


777 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 11:41:23.35 ID:lDpP4tws
鍋島の者どもはくそ弱いので壊走するだろう
そこで加藤主計がかかっていき(ry

778 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 11:50:48.12 ID:h79d/JCj
竜造寺さんの反応早すぎてワロウタw

779 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 11:59:52.42 ID:WeBW0wgi
まぁ九州征伐終結後に鍋島は軍隊の体をなして無いと
秀吉から、軍事顧問を派遣され軍制改革を強いられちゃうんですけどね
その後の史実にまでつなげちゃうと悪い話になっちゃうなw

780 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:08:50.15 ID:4GNPk3x1
軍制改革なんてものがあったのは初耳

781 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:17:11.53 ID:l29HL47o
鍋島さんちには、軍制というか、
軍団長の規定がない(常に殿が同伴する、分隊を編成できない・しない)、
殿からの命令伝達の方法がいいかげん、伝令が大物の前を乗馬のまま横切ったら斬られるw
背命の処罰の規定が敵前逃亡以外まっったくない
などなど、なかなかワイルドだったみたいだよ。

地方豪族のまま(運よく)大きくなった、という事なんだろうな。

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:22:33.41 ID:uRlci31j
多少なり組織立ってた部分があっても沖田畷できれいさっぱり崩壊しちゃってただろうしな

786 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:41:26.47 ID:aGLi9qSg
織豊ですらやっと昭和後期になってから現代人が理屈こねくり回して
軍団制だ職業軍人だというようになったんだから

研究する人がいない地方大名の軍制なんて殆ど分かってないだろうに

787 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:45:08.82 ID:ozBaKjyZ
最高機密である軍事制度を含んだ軍事全般って、当時は口伝が主じゃないの?
軍学とかを江戸期にでっち上げる連中がたくさん出たが、これが空論ばっかで役立たずだったのは周知。

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:47:16.72 ID:c+WrngzQ
九州の周りの大名の軍制はどうだったんだ?というのが気にかかってくる

789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 12:48:34.80 ID:h79d/JCj
そんなに無理矢理繋げたつもりはないが・・・
おねへの手紙や乞食への情けは信長の気遣いの話でしょ。
天下一称号は経済政策や技術者の能力向上の話だから

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 14:32:18.97 ID:tTZ3T335
領主とその支配民の寄せ集めにすぎない軍で、きちんとした編成とか戦術とか無理だと思うが……。

791 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 15:16:05.36 ID:4GNPk3x1
封建君主制はどんなに大きくなっても「領主とその支配民の寄せ集め」にすぎないわけだけど

792 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 15:26:16.47 ID:76wVVDVV
アメリカ陸軍は州兵の寄せ集め

793 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 15:28:04.77 ID:tmxNn1P1
州兵と陸軍は別系統じゃなかったっけ?

794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 15:33:15.73 ID:tTZ3T335
>>791
だから江戸時代で制度が停滞して、いきなり近代化した日本はともかく。
欧州だと国王が常備軍そろえるように変化していったんじゃ?

>>792
州兵も国防総省の管轄下にあるアメリカ国家の軍組織。装備、訓練も統一されている。
歴史的経緯から、平時の指揮権が州知事にあるぐらいじゃ?

795 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 16:42:39.44 ID:4GNPk3x1
>きちんとした編成とか戦術
という物を用いず個人技や現場の判断といった物を突き詰めていくのが大名軍のような封建制
厳格に制度化規格化を進めていくのが律令軍や国民国家軍のような集権制という違いがあるのみで
優劣はそれこそ技術革新や陳腐化、人口の増減といった時代の流れで変わっていく

796 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 16:55:34.24 ID:zgDSmMTs
農民までキリングマシーンが存在した時代適当に戦ってる軍が弱いとは限らんからなぁ・・・

まぁ弱将の元の軍が弱いのはいつの時代も変わらないというのを体現した方がおいででもあったわけだが

797 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 17:10:01.74 ID:/lvlPHF+
日新斎のせんn……教育のお陰で、薩摩兵児は死を恐れないからそんなの無用です。

798 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 17:14:07.07 ID:tmxNn1P1
薩摩と土佐は比喩抜きで修羅の国

799 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/24(火) 17:28:30.75 ID:BY1Y6njQ
>>787
城の石落としを本当に石を落とすものだと思ってたらしいなw

908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 12:37:31.89 ID:ey9X4Nto
まとめブログの管理人さんの紹介していた本を読んでいたら
フロイス「日本史」西九州編第52章には、沖田畷の戦いに出向く龍造寺軍について
「その隊列は見事に配分されていて、まるで彼はヨーロッパの戦術図、ないし(戦術)計画を
入手しているかのようであった。彼は一万二千の戦闘員を率いていたが、彼らは豪華(に装い)、
また清潔で気品があり、戦場で練磨された兵士たちであった。」
と書いてあるらしい

>>776や
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4623.html
の権現様やラスボスの感想とずいぶん違う気がする

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 13:20:51.48 ID:ey9X4Nto
上のは両方ラスボスの感想だった
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4624.html
島原の乱の時の話もあったか

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 13:59:11.72 ID:VenOIFOI
幕末、西洋風近代軍隊の装いの長州勢をみて、
勝海舟「奴らは紙屑拾いのような格好でやってきた」

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 14:30:12.64 ID:r628FkdX
>>908
要は沖田畷以前と以後とで変わったってことでそ。

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 16:13:22.40 ID:7mCOxMCs
完璧なるものは、わずかなほころびで崩れるのだ(ドヤァ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    管理人様、
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4623.html
    これと類似の逸話の気がしますのでリンクをお願いします

  2. まとめ管理人 | URL | wZ.hFnaU

    ※1
    しておきました~

  3. 人間七七四年 | URL | -

    九州三国の様相
    龍造寺…武士道とは死ぬ事を見つけたり
    島津…男なら戦で死ぬのが当たり前
    大友…戦国一の鬼嫁の産地
    男なら龍造寺に産まれるのが一番無難だな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    竜造寺さん
    さすがに直茂公の言葉を我が手柄のようにコメントするのはやめてくれ(笑)

  5. 人間七七四年 | URL | -

    イザベル様とぎん千代様が、※3殿と直接話がしたいと言って武装体制に入られました

  6. 人間七七四年 | URL | -

    大友の女って不幸なイメージが
    ソーリンに寝取られたり、家庭崩壊したり

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    宗茂「俺、こんな時どういうリアクションしたらいいんだろう・・・?」
    小野「笑えばいいと思われまする・・・」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    隆信は、あまり有名じゃないけど、『先陣の恥は二陣の不覚、先陣の勝は二陣の手柄』というのがあるよ。
    一蓮托生&連帯責任なんだけど、失敗しても責めを負ったという話がない。
    直茂なんか、不仲だった奴が先陣で苦戦してるのを見殺しにしようとして、隆信に言われてようやく助けに動いてるから、緩かったっぽい。
    ・・・武家としてどうなんだか。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    龍鍋関連のかっこ良い逸話は葉隠れ率が高すぎて切なくなる。

    どこでもそんなもんか。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >>石落とし

    いまでは石を落とすと思ってるのが歴史・城ファンですら大半になっちゃって
    これに限らず軍学者みたいなでっちあげのせいで本当の事がわからなくなっちゃった事って
    あるんだろうな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    お城を見に行ったとき、石落しを見て、確かに石落しても、さほど効力ないだろうなとは思ったけど、では、あれはなんのための空きなの?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    石落は基本的に弓鉄砲を下向きに打つためのもの。又、長槍を繰り出すために最低限自由が効く大きさに開いています。建物の角に設けているケースが多いのは敵兵が登り易く死角になる建物・石垣の角に集中するからです。
    では何故石落かというと、元々は確かに迎撃用の石や木も落としていましたが、被害を与えうる石はある程度のサイズが必要で、それを落とすには大きい張り出しが必要になります。当然、敵兵も侵入もしくは火矢等の火攻めに弱くなり折角の櫓の防御力が著しく落ちます。鉄砲の普及と建築技術の向上で櫓の防火能力が上がった後は石落の隙間は可能な限り薄くなり現在見る形になっています。

  13. 米11 | URL | -

    米12さん
    わかりやすく丁寧な解説ありがとうございます。説明にある使い方ならば私が見た石落しも有効だろうな、と思わされる説得力です

  14. 人間七七四年 | URL | .y8xXOvQ

    >きちんのとした編成とか戦術とか無
    これが、歴史学の常識的な見方だったんだが。
    最近出た戦国大名の軍制の本
    西股総生『戦国の軍隊』(2012、学研パブリッシング)
    によると、戦国後期になるとかなりきちんとした兵科
    別の編成があったとのこと。家臣が軍役に応じて集め
    てきた各種の兵は、その家臣の下で一団となって戦う
    はなく、騎馬武者、槍、鉄砲というように、兵種ごと
    に集められた部隊に編成されたとのこと。全面的に信用
    できるかは留保したいが......

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