FC2ブログ

酒井忠次・隠居後

2012年05月06日 21:10

42 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/06(日) 01:42:16.55 ID:8qz04Afk
酒井忠次は主君である徳川家康豊臣秀吉に臣従してからは、寺社の復興に尽力し、眼病を患うと
家督を嫡男の家次に譲り、秀吉からかねてより

「若者の師になって欲しい。」

と求められた為、京都の屋敷で隠居生活を送った。秀吉からはそれまでの武功を評価され、朝鮮出兵に
おける前線基地である肥前の名護屋城が完成した際の、場内に続く橋を初めて渡る役を諸大名を差し置いて
抜擢される栄誉を得ている。一方で家康に対する忠義心は全く衰えておらず、ある時、家康に対面すると

「目が見えないのでござる。久しく様子を伺えておりませんが、お元気ですか。」

とその手を押し頂いたという。そして、晩年は浄土宗への信仰に打ち込んだ忠次は、わずかな身内に
看取られながらその生涯を閉じたという。





スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    めんどくさい三河武士なのに面白い忠次、家族との仲も良かったんだろうなぁ…看取る人がいて良かった。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    忠次「わしの墓は江戸へ尻をむけておけ」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >2
    大内・芦名・大崎・武田(ウホッ、いいお尻♪)

  4. 人間七七四年 | URL | -

    じじいの尻に興味があるか!ww

  5. 人間七七四年 | URL | -

    信康の件が有るから冷遇されてたって話も聞くけど、
    こっちはそう言った類の噂が無い感じですね。
    普通に良い最期を迎えた逸話でしたね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >4
    四天王「新しい世界(ジャンル)に来ちゃったZE♪」

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/6385-40b8fdc4
この記事へのトラックバック