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秀秋の御裁許

2012年07月21日 20:51

637 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/21(土) 16:26:22.75 ID:ijSPW+5s
関ヶ原の緒戦、伏見城攻めの時のことである。

筑前中納言小早川秀秋の家臣・比奈津角助は、籠城衆の松平五左衛門を突き伏せた。ところが
後から来た同僚である田島勘右衛門はこの角助に向かってこう言い放った

「角助よ、その頸の半分は俺のものだ!そう心得よ!」

角助が松平五左衛門を討つのに田島の手は一切借りていない。当然ながら彼はこれに納得せず

「なんだと!?お主に一体何の骨折りがあってそのようなことを言うのか!?」

これに田島
「お主は敵と槍を合わせていたが、未だ互角のうちに俺が馳せ来たため、敵は気が飲まれて引き色となり、
お主は勢いを得て能く敵を討ち取った。そういう事だったのにこれをお主一人の高名とするというのは、
全く思いもよらぬことである!」

角助はこの言葉に強く反発したが
「ここでなんのかのの言い合っても仕方がない!ご主君の御裁許を仰ごう!」

そうして二人は小早川秀秋の前に出て、その経緯を述べた所、秀秋は

「この事、田島の言う所に理がある。これはいわゆる相打ち(二人、もしくはそれ以上で一人敵を打ち取ること)と
定めるべし!」

と、下知をした。
角助はこれに全く納得できなかったが、主命であるので拒否することも出来ず、仕方なく訴訟を止めたと言うことである
(関原軍記大成)




638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/21(土) 17:46:03.60 ID:j4aRX38L
安心の金吾クオリティ…

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/21(土) 18:26:57.28 ID:oWZljOMI
徳川の世では、松平氏を討ち取って加増されてたら
むしろ白い目で見られそうだ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原の戦いで、互角の時に寝返った小早川秀秋の事について言っているような

  2. 人間七七四年 | URL | -

    寝返りのタイミングをいうなら松尾城占領してる段階でどう見ても東軍だろ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >1
    寝返りも何も、最初っから家康寄りだろ?
    何を持って裏切りだったんだよ?このブログ
    に来る秀秋嫌いも、いい加減癖が悪いよね?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    西軍と言うのも変なようだが、東軍と言うのも変なような

  5. 人間七七四年 | URL | -

    半分は持って行きすぎだろ
    もらった褒美で一杯おごってもらえる程度じゃないかなぁ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    寝返りというより、関ヶ原本戦に限れば積極的な西軍参加の方が陣営内では少数ではないか?どいつもこいつも巻き込まれた、仕方なく、やむを得ずという逸話しか見ていないのだけど。

    とはいえ、後の徳川政権に遠慮して事実を曲げたのだろうけど。ただ実際も裏切りはともかく毛利宰相的日和見したい陣営ばかりにも見える。

  7. 人間七七四年 | URL | klcj.0UQ

    >何を持って裏切りだったんだよ?

    誰にも裏切りに見えない状況なら、松野重元が激怒する必要なかったんだよなぁ……

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