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宮居眼左衛門と褒美の弓

2012年07月29日 20:53

773 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 10:24:28.11 ID:bQCh8446
元亀元年(1570)2月下旬、織田信長は近江常楽寺において相撲大会を開いた。
この大会で宮居眼左衛門が一番の成績を治めたので、信長はその褒美として、秘蔵の重籐の弓を与えた。
この弓は山城国伏見の、島田喜内という名人の制作したものであった。
ちなみにこれが、勝ち相撲に弓を与えることの始まりとされる。

ところがこの眼左衛門、その後相撲を取ることをぷっつりとやめてしまった。
信長は不審に思い、その事を眼左衛門に尋ねると、彼はこの様に申し上げた

「相撲というものは、強いものが必ずしも勝つというわけではありません。
自分はたまたま勝利し弓をいただきましたが、次は打ち負け、この弓も別のものに取られてしまうかも知れません。
そして次に弓を取った者が殿様に敵対し、それにて文字通り殿様に対しに弓をひくようなことになれば、
せっかくの私の名誉は空しくなってしまいます。

そう懸念するため、私は相撲を取らないのです。」

信長はこの言葉に納得し、以後、褒美として弓を渡すことをやめたという。

(古今相撲大全)

ちなみに安土城跡の西側には、今も「眼左衛門」と言う地名が残っている。
これは宮居眼左衛門が信長の家臣として、屋敷を与えられた地であるという。

そんな信長の相撲取り、宮居眼左衛門のお話。




774 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 17:05:56.12 ID:gh6mgBPh
相撲取りに弓あげても活用してくれなさそうな気が・・・
まあ、名誉の品で実用性は二の次ってことなんだろうけど。

てか、眼左衛門ってすごい名前だな。
どんな目してたんだろw

784 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 20:48:10.38 ID:gOZG/EXP
>>774
弓は手近なところにあったからじゃないのかな

信長はけっこう相撲取りを召し抱えてるよね
本能寺でも殉じてるのがいた気がする

785 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 21:05:16.27 ID:LYh5x/En
まぁ、当時の大力で勇猛な男で戦場に出てない奴なんていないだろうし。
腕っ節しか取り柄がなくても、武将の護衛とかには使えるだろうし。

786 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 21:29:10.70 ID:qmElIRHf
腕っぷししか取り柄がなかったら太い棒与えて振り回させれば陸戦型モンスターに

787 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/29(日) 21:49:11.68 ID:DZ7Dn8uv
>786>腕っぷししか取り柄がなかったら太い棒与えて振り回させれば陸戦型モンスターに
思慮がまったくない鮭様ですか?

789 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/07/30(月) 09:07:07.85 ID:uIG/xTnR
>>773
弓取式のWikipediaで信さん起源が思い切り否定されてて笑った
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    坂本龍馬など要人の護衛も相撲取りだったな。

    この頃からあったのね

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