FC2ブログ

石川善助、帰る

2012年08月23日 20:58

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 18:35:07.51 ID:X5IeWwvS

徳川家の石川善助はわずか三十貫ほどの家臣だったが、
後に徳川を去って加賀へ行き、三百貫の地に住み着いた。

しかし、三方ヶ原での敗戦を聞きつけると、善助は加賀を去って
再び旧主・徳川家康の前に現れた。

「今回の戦で上方より召抱えられた連中は、みな戦を恐れて逃げ散ったと
聞いています。上方の弱兵どもが何の役に立ちましょうや!

それがしは不肖の身なれど、御先途を見届けるために立ち還って参りました。
願わくはしばらくの間、それがしの罪を御許しください」

この時、家康は口では「汝がいないからといって困ることなどないわ」と
言ったが、本心では善助の質直さを喜び、彼を元のように仕えさせたという。

――『徳川実紀(明良洪範)』




188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 18:58:14.97 ID:2qspIJPU
>>187
家康も素直じゃないなw

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 19:29:34.07 ID:xa7AhUqK
>>187
三河者は上も下もやっぱり三河者なんだなや

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 19:34:00.22 ID:QYcBfB7e
いやいや、素直な感想かもしれないぞ
戻ってくれたのはうれしいけど特に役立つわけでもないし…みたいなw

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 20:21:22.22 ID:j3tJhBhg
三河もんは役に立たないのによそ者より有用だって思ってるふしがあるしな

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 20:25:30.46 ID:0hZ60kwz
「他に何もできないけど君前で死ねる」が三河者(に限らないが)の矜持だな。

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 20:33:15.63 ID:QDvOJMPK
でも肝心の家康自身は楠公権助論的な考え持ってそうだよな…

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 20:54:05.60 ID:JVi/jbOU
>>193
どちらか言えば権現様も死に急ぐタイプだろ
死のうとすると三河武士が色々言いだして止めるんだけど(笑)
戦場でとか病気を理由に何回か死のうとしてたはず

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:09:21.40 ID:TI1PRQni
家康はことあるごとに腹を切ろうとしては色んな人に制止される人だぜ

>>187
家康のツンデレそのものな物言いが笑えるw

196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:19:11.83 ID:gweUgnST
牟田口廉也とは大違いだな

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:27:41.61 ID:R68RXcL9
ムッチーだって自決するって言ったんだぞ!


言うだけ言って部下に「立場上止めなきゃいけないんでやるなら黙ってやって下さい」て返されただけで。

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:32:11.49 ID:rbppJvAF
ムッチーというと森忠政がのりうつった都井睦雄のほうが先に思い浮かぶ

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:37:43.15 ID:JVi/jbOU
WⅡでの日本軍は上官と兵士たちがあまり仲良くない印象があるな
まあ国内戦で主君の家に親の代からゆかりのある家が集まっている時代と、
世界戦で徴兵で集められた軍隊一緒にしたらダメだけどね
敗戦後の引き揚げ船の中では鬼上官だった人がリンチされたとかあったみたいだ

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:42:07.98 ID:0j+ARRrr
>>194
戦況悪くなると切腹言い出すしね

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 21:45:24.23 ID:HJowxG/S
鬼上官と聞くとせいしょこさんのことかと思ってしまう

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:16:22.55 ID:QoIsPkCW
>>187
石川善助さん、たぶん一向一揆で門徒側について、終息後に降伏せずに三河を去ったクチだな
石川家は三河の門徒衆の総代だったから、門徒側に立った武士が多かったんだよね

でも、三河を去った門徒武士も、なんだかんだで結局、数年経って家康の元に帰参した者が多
かったよね
加賀やら長島やらも実際行ってみたら想像してた程門徒パラダイスじゃなくて幻滅したのか?
(っていうか、そういうところの方が人間関係ドロドロで三河者には居心地悪かったりして)

もちろん、三河に帰らずに他国に行って仕官した者も多かったんだろうけど。腕に覚えのある
勇者なら、三河に帰るよりも上方か東国に行った方が出世できたんじゃなかろうか



203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 00:01:43.43 ID:fYcYPUnV
>>202
あの辺の人の赤味噌への執着っぷりを見るに、食が合わなかったとかだったりしてw
江戸移転してからどうしてたんだろう。赤味噌文化ないよねぇ東京。

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 00:13:28.56 ID:se7JxB45
戦国時代の農民は味噌食べてたの?

205 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 00:55:45.06 ID:83IJIaEj
>>203
もともと東京には辛口の赤味噌である仙台味噌というのがあった。
が、第二次大戦後の食糧難で東京周辺の味噌製造業者が壊滅
その後は白味噌の信州味噌が流入し、赤味噌文化は下火になった。

206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 09:40:56.45 ID:zI5f92ZM
>>202
三河者が生きていけるのは三河だけなんだよ、きっと。
例えば自分のクラスや職場に三河者が一人いたら浮いちゃうだろ?

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 09:44:10.54 ID:BjcRyJo3
浮いたらなおの事、意地を張る。
これが三河者だろ。

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 11:51:15.09 ID:zI5f92ZM
で、ますます扱いづらくなって周りと疎遠になり、
「俺を理解してくれるのは松平の殿様だけだ」となる訳ね。
なんか理解できた。

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 14:40:42.29 ID:fV+FXcHe
他家に仕えた三河者

加藤 嘉明  本多正信 石川数正 水野勝成

他にもいっぱいいる?

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 15:21:22.79 ID:fiz2RSd4
本多正重、本多政重とか

211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 16:19:36.73 ID:Fn+bPiOL
他に、成瀬正成の父、成瀬吉右衛門正一(一斎)も。

永禄3年(1560)に三河を出奔(当時22歳くらい)。甲州に行って諸角豊後守の与力として
川中島合戦に参加。討死にした諸角の首級を敵から取り返すという功により黒駒に領地
を得る。つまり武田に正式採用されたわけだ。後に徳川に復帰するんだけど。
(武田家はわりと他国者の採用率高めですね)

長篠合戦で武田武者の旗指物を識別したり、武田滅亡後に旧知の武田遺臣を取り込んだり
といった活躍の話が残ってる。

この正一さん、元和6年(1620)没なので、かなりのご長寿。
晩年の逸話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2662.html

ちなみに次男坊も出奔経験者だったりする
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3523.html

216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/24(金) 19:56:27.73 ID:SegrdC18
>>205
へー知らんかった…ってぐぐったら仙台味噌の生みの親が例の人だったw
スポンサーサイト





コメント

  1.   | URL | -

    加賀は当時、勝家領かな?10倍の身代でしかも300貫といえば
    当時としては大身じゃないかな。かなり有能だったんでは。
    それとも300貫の領主に仕えたという表現なのかな?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    三方ヶ原の直後だとまだ一向一揆の頃じゃないかな。
    だとすると佐渡さん同様な理由で三河離れて加賀に行ったのかもしれないかなあ?

  3.   | URL | -

    ※2さんありがとう
    wikiで調べたら尾山御坊が佐久間盛政に攻め落とされたのが、三方ヶ原の7年後らしいんで
    まだこの頃は一向一揆支配の頃ですね。それにしてもえらく高く腕を買われたもんですな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    家康「べ、別にいなくたって困ったりしないんだからね!帰ってきたいっていうなら許すけどさ!」

  5. 人間七七四年 | URL | LMs.iqQA

    数正「それがしも家康様が焼き味噌をこさえたら戻るつもりでした(゚∀゚ )」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    なんだこのツンデレ具合はwww
    ただ家康さんも、旧臣達が戻って来たいと思える主君
    と言う事でもあるのですね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/6718-5aa475e8
この記事へのトラックバック