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徳川家康談・源頼朝の事跡

2012年08月26日 20:45

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 19:26:19.77 ID:tHlsOK8J

徳川家康は折に触れて源頼朝の事跡を評論することが多かった。

「頼朝が蛭ヶ小島に潜居していた時、『もし私が本意を遂げて天下の兵権を
握ったとしたら、かならずお前に恩禄をとらせるぞ』と家僕に語られたところ、
その家僕は嘲笑ったという。

後に頼朝が将軍職になられて、あまねく恩賞が施された。しかし、その者は
恩賞にあずかることができなかった。そこでその者は頼朝に昔のことを言い出した。
頼朝は『お前は昔私の言葉を笑ったことを忘れたのか』と言った。

するとその者は『いや忘れてはおりません。しかしながら、よく考えて下さいませ、
昔より、あんなにも頼りに思えない主君に今まで付き添って参ったそれがしのことを。

最初からあなた様に仕えて功名を立てようと思っていた連中に比べれば、それがしは
忠義者ではありませんか』と申した。これには頼朝も理に屈して厚恩を施したという話だ。

これは、その者の言葉が実にもっともなことであったな」

――『徳川実紀(駿河土産)』




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ケチの正当化

  2. 人間七七四年 | URL | -

    他人へのみ意識が向くときはケチなコメントをしている自分の姿は見えないものだ。自分も気をつけよう

  3. 人間七七四年 | URL | -

    頼朝も親の仇を扱き使った挙句に美濃尾張(身の終わり)で磔とか鋸引きとかでぶち殺した割には、こういう無礼極まりない従者の抗弁には甘いな。

    もしかして後世の秀吉同様、耄碌か覚醒かで判断力が極端に変わった前後で処置が違うのかな?

  4. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    >無礼極まりない
    裸一貫の状態の頼朝でも見捨てずに付き従ってきた従者だ
    恩賞を嘲笑ったことから忠誠に対しての褒美が目的ではなかったと考えられる
    口やかましい爺やか何かのような存在だったのでは?

    とこの逸話のみで語ってみる

  5. 駄目人間名無しさん | URL | 0Q3WCu86

    落ち目の主を馬鹿にしつつ見捨てないってのはたしかに凄いことだわ。
    こういう話好きよ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    一方頼朝の乳兄弟の山内首藤経俊は頼朝を嘲笑った上、矢で射て、
    たいして戦功がないのに伊勢・伊賀守護に

  7. 人間七七四年 | URL | LMs.iqQA

    某本多正純「で、その嘲笑った御家人の名前は?」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    家康も(秀吉と同じく)頼朝は偉大だ!ちょっと俺の方が優秀だけど!と思ってたんかね

  9. 名無しさん(笑)@nw2 | URL | -

    頼朝ってあんまり領地持ってないからなぁ
    ケチはしょうがない

  10. 人間七七四年 | URL | -

    蛭ヶ小島の時以来の家人で、鎌倉殿とこんなやりとりできるということは
    藤九郎盛長さんかなあ

    恩賞は十分もらってる気がしなくもないけど

  11. 人間七七四年 | URL | -

    現存する頼朝の書状見ると面白いよね。
    後白河法王から頼朝の許可無しに官位を与えられた御家人を禿頭とか不細工野郎とか散々に罵倒している。
    器小っさ!と思いながらもカワイイ

  12. 人間七七四年 | URL | -

    いい話だけどこれ頼朝の話じゃねw

  13. 人間七七四年 | URL | -

    案外、三河者はこいつの流れだったんじゃないの?w

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