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橋本六郎の腰兵糧

2012年09月20日 20:30

495 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 18:50:17.79 ID:mT5W41pB
慶長の役の時のこと。蔚山築城に伴い、城外に駐屯していた浅野幸長は、明軍の奇襲を受けた。何とかこれを防ぎ
退却する奇襲部隊を追撃した幸長だったが、この退却は偽装であり、浅野勢は伏兵に囲まれ、窮地に陥った。

浅野勢は大将の幸長みずから鉄砲を連射し、槍を振るい反撃したが、あるいは討たれ、あるいは散り、
城の惣構に逃げ着いた時には、幸長に従う者は重臣の浅野河内守と、徒歩武者の橋本六郎のみとなってしまった。

「ようやく逃げおおせたか。やれやれ、安心したら腹が減ったのう。」
「殿、これを。」

やっと一息ついて飢えを漏らした幸長に、六郎は腰の袋から握り飯を三つ取り出し、一つは幸長に献じ、
一つは自分で食い、残る一つを再び腰袋に収めた。
「おっ、良い物を持っておるではないか。残る一つ、わしにくれぬか?」

六郎の様子を見ていた河内守の頼みに対し六郎は、この重臣を睨みつけて答えた。

「これは、拙者の予備食にござる。いざという時はこれを食って最後の力を振るい、殿の馬前に果てる覚悟。
貴殿こそ、お家の重職たる身が腰兵糧の用意も無く、どうして戦陣に臨んでおられるのか?
今日、奇襲に敗れたのも貴殿らの、そのような用意の無さゆえではありませぬかな。」

戦後、日本に帰った幸長に河内守は、六郎を己の組下にする事を望んだが、河内守の心底を見抜いていた幸長は
ついにこれを許さなかった。(近古史談より)


橋本家は、芸州浅野藩家臣として永く続いたという。
島津家・中馬大蔵と浅野家・橋本六郎、どこで差がついたのか 慢心、環境の違い




496 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 18:58:25.28 ID:6+IZfnb9
橋本六郎の場合は幸長に食わせたほうが
中馬の場合は駕篭かきに食わせたほうが
それぞれの主君の生き残る確率が高くなるわけで
なぜ差がついた、とか言われなきゃいけないのかがわからない

497 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 19:46:43.89 ID:htmcZuen
>>496
半ばネタなのに思いっきりマジレスせんでも…

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 22:35:28.68 ID:wUnYQsSP
さり気なく河内守が屑過ぎw

499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 23:39:52.44 ID:7951B03d
なんの糧食も持たずに戦場に行くとも考えられないし
河内守は自分の分があるにもかかわらず六郎に良い物持ってんなって言ったんだろうか

もしそうなら河内守は仲間を盾にして逃げおおせたような奴なんだろうな

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/20(木) 23:45:18.01 ID:pQEoZRdk
自分の家人に持たせてたけど、死んだかはぐれたんでしょう
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    別の板のネタだしなぁ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    というか、これ書いた本人は割りとガチだったんじゃ……

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >河内守の心底を見抜いていた幸長は
    ついにこれを許さなかった。

    「河内守の心底」って、文脈から察するに、
    恥をかかされたことを恨んで
    六郎を殺すなど害を与える、
    という解釈でいいのでしょうか?

  4. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    どうして差がついたとあったから
    中馬が賞賛されたのに対して六郎が罰を受けたのかと思ったけど
    普通にいいオチじゃねえの?

    ケチがついたの河内守だけだよね 違うかな?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    河内守も酷いけど、結局の所奇襲後も受けた揚句に追撃戦までして包囲
    された件自体も酷い話だな。

    この河内守を検索したけど一人も浅野家からは出て来なかったなぁ。
    誰の事だったんだろう?

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