領主・田中吉政

2012年10月10日 20:12

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 00:25:54.04 ID:ecHO9i5m

田中吉政は岡崎城主であった頃、毎日城を見廻って普請などを命じ、
朝飯は城より弁当を取り寄せて、所構わず道端や堀の端で食事を取っていた。

また、侍屋敷の前では畳を一、二帖借り出して敷物にした。
結構な仕立てを嫌って、いかにも粗末であることを好んでいた。

寺の門前に役に立たない植木があれば「この木を掘り除き、茶を植えて旦那方に
音信を贈るとよい」と住持に意見した。また知行所は自ら残らず見て廻り、

百姓屋敷に堀のあるところは「警備は男に任せて、堀を埋めて田にして稲を作る
がよい。畠のほうが向いているならそれでもよい」と教えていた。

年貢高を決めるための調査には自ら赴き、稲の善し悪しを綿密に調べて賦課率を
決めたので無理もなく、百姓たちは喜んだという。

――『名将言行録』





853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 01:23:24.23 ID:Rb3K20Cz
さすが元農民

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 01:55:58.98 ID:D+VVUjpm
内政は的確だよねえ


855 名前: 忍法帖【Lv=30,xxxPT】(1+0:8) [sage] 投稿日:2012/10/10(水) 02:05:58.48 ID:m1bcJpYc
流石筑後75万石

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 02:32:54.66 ID:+LtVpcB6
これはいい話

光成を捕らえて突き出したのは農民ってか農村文化の悪い面がでたかも・・・

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 02:36:51.63 ID:9QLSOV3Y
>>856
三成をかくまう文化ってどんなんだよw

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 02:42:55.84 ID:+LtVpcB6
>>857
誤字失礼
友人であるならお上に突き出さない文化というか共同体もあれば、
共同体のために人身御供を出す文化もあるじゃん
そりゃ同じ共同体に育っても個人で考え方や性格の違いもあるけどね

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 07:32:45.14 ID:9QLSOV3Y
>>858
反乱の首魁を匿うか否かを文化のせいにすんのは無理だよ。

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 09:35:55.94 ID:GWfFz1Tr
戦場から落ちるところを見逃すとかなら有り得たかもしれんが、
あの状況じゃ仕方ないんじゃないのかな~

861 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/10/10(水) 09:37:50.98 ID:cBiiaKz2
>>852
風流を解せぬお方じゃ…


862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 11:16:12.51 ID:wlTnMlnq
吉政までいくといっそ農民の風流な気もする
きっと祭りになったら人一倍はしゃぐ

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 11:26:40.44 ID:2k798HK/
1、無理だと分かっていても、三成捕縛の手柄と引き換えに三成助命を嘆願してみる
→実質西軍総大将だし絶対に不可能。

2、家康に三成は賊将だけど、自分の恩人なので菩提を弔う為に寺を建てる許可を貰う。
→寺は無理かもしれないが、墓建てて弔う事くらいなら許されたかも。

3、家族を家康に内緒で匿う。
→バレると処罰されるので、歴史の闇に埋もれ逸話にならず...



恩人に対して2くらいはしてもいいような気がするけど

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 11:30:39.32 ID:OIfizZjb
>>852
真ん中2つはちょっとどうよと言うか余計なお世話と言うかそんな気がしないでもない

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/10(水) 20:22:44.59 ID:il8RfwRb
>>852


「百姓屋敷に堀のあるところ」
従兄弟とか叔父さんが徳川の家来という家もあるだろうに・・

882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/11(木) 07:17:30.39 ID:eBpfyK8M
>>863
3は津軽がやってるな。

そもそも三成って本当に吉政の恩人なのだろうか?

883 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/11(木) 07:36:13.28 ID:brrbDoes
三成が田中吉政を助けたって、秀次事件の時、秀次の宿老だった吉政に「命助けてやるから俺の言うとおりにしろ」と
言ったって奴でしょ?三成の秀次事件への関与自体諸説あるので、単純に事実といっていいものやら。
スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    息子が普通に生きているのにわざわざ他人が墓建てる必要ないんじゃないかな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大名になっても農地経営を考えるのが好きだったんかね。
    細かいことに口を出さず大所高所から、というのが本道なんだろうけど、
    そういう「大人物志向」にもちょっと疑問を感じているので、
    この逸話はそのまま好意的に読んだ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    韮粥出したり友人としての出来る限りはした印象なんだけどな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    津軽為信って偉かったんだね

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >津軽~偉かった

    常識的に考えて当然だろ
    あの雪深い方の青森県をあんなに立派にした元祖なんだしw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    普通に良い領主様でしょう。

    863はどれも無理でしょう。あんな時代にそんな事やれば確実に睨まれるでしょう。
    ただ、その気持ちは分からなくもないです。

  7. 人間七七四年 | URL | Hble4PXk

    ※4-5
    津軽為信は良い話もあるけど悪い方向でも突き抜けてるよ。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    米6
    睨まれても自分を通す侍が多くいた時代であるとも言えます

  9. 人間七七四年 | URL | -

    たとえ命一つ助かった所で武将としては終わった側が旧友や良き敵に対して
    「我が首をもって手柄とせよ」
    という方が多かったと思う

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >863の2みて、なんか似たような逸話見たことあるなーと思ってたがやっと思い出した。豊臣滅亡後高虎さんが荒れ果ててた秀長の墓改修したって話だ
    ただ高虎と吉政・秀長と三成じゃ関係も人柄も違ってるし、微妙に似てるってだけですが

    ※6さんの言うとおり、吉政の立場とかその他諸々考えるとどれも実現するのは難しそうですな…

  11. 名無し | URL | -

    ※8
    なんでこうもしつこいの?だから三成好きはうっとおしいねちねち恩知らずだ墓建てろだうぜー

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/6877-e0b4bb0c
この記事へのトラックバック