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清正の思いもよらない挨拶

2012年10月13日 20:03

901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/13(土) 00:46:11.93 ID:5yVzBdzJ

織田信雄が京で猿楽を催した時、小早川秀秋ら諸大名が見物に行った。
この時、秀秋は十四、五歳であったが秀吉の猶子だったためにその従士までが
その威に誇り「金吾の御出ましだ!」とすぐに戸口に入っていったところ、

側にいた加藤清正の家臣十人ばかりが「何が金吾だ」と過言した。
怒った秀秋の近習は棒を取って三人まで打ち叩いた。これがきっかけで喧嘩となり、
秀秋の帰宅後、両家の士が伏見より馳せ来たり、互いに武装して警固した。

秀秋の老臣は「打たれた三人は清正が成敗するでしょう。ならばこちらの者も切腹
させなければなりません。先延ばしにして自害でもされたらそれこそ恥辱ですぞ」
と具申した。

「清正が何と言おうと元々彼の無礼により起こったことだ。我が家来が死ぬ必要は
ないだろう。お前たちの心配には及ばない」

秀秋はそのように言ったが、老臣たちは清正のような剛勇の士ならば必ず大事に
なると恐れ慄いた。また、打擲した者もすでに沐浴して礼服を身に着け、清正の使者が
来れば、すぐに自決しようと覚悟して待っていた。

間もなく清正自身がやって来た。秀秋はきっと争論になると思っていたが、思いの外
清正は温和な態度で「今日の家人の失礼を只今承り、遅参致しました。御近習の人々が
それがしの家人の無礼をもって斬り殺すべきところを、怒りをなだめられて打擲程度に
留めて下さったことは喜悦に堪えません。それがしも彼らを成敗しようと思いましたが、
それでは御近習も閉門になってしまうのではと思い、本国に帰して閉門を申しつけました。
どうぞ御近習を罰するようなことはなさらないで下さい」と、秀秋に詫びた。

秀秋は清正の思いもよらない挨拶に心も打ち解けて会釈すると、清正も大いに喜び、
「三里の道のりを急いで参りましたので喉が渇きました。御酒を一盃頂けませんか」と
言うので酒が用意された。また、清正は「打擲した人々も呼んで下さい」と言って
その席に招き、酒を酌み興を催して帰っていった。

――『名将言行録』




902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/13(土) 00:55:46.91 ID:M/tDoDaQ
このとき仲が悪くなっていたら蔚山に援軍が来なかった可能性あるのかな

903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/13(土) 01:25:27.23 ID:zTi6fMAs
>また、清正は「打擲した人々も呼んで下さい」と言ってその席に招き
下手人どもをその場に呼び出して成敗するはかりごとかと思った・・・
まあ、他家でしかも格上の郎党に手を出すわけないけどさ

904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/13(土) 03:30:03.04 ID:2nQbfbWV
織田兵と喧嘩してやっつけちゃった人たちがいるじゃないか
まあ同盟の関係だけれど
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | HF13wXwo

    秀秋14、5歳って事は、朝鮮出兵の合間かしら?福島さんだったら第二章が。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    福島さんだったら…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    福島さんだったら…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    hksm「打擲したやつこれ呑めよ、おう早くしろよ。」
    近習「ンギモッヂワルイ」

  5. | URL | YqzQT8Bs

    衆道は帰ってどうぞ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    清正はこの時、もう三振罰は採り入れていたのかな?清正なら下手に家臣を殺すより、生かす方策を考えそうだね。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >喉が渇きました。御酒を一盃頂けませんか
    これが切欠で暴れ回るのかと思ってたけど、普通に良い終わり方で良かった。
    秀秋も十代半ばの年にしては家臣を守ったし、冷静に最後を締めたと思う。

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